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ビバリーヒルズとイヤリング

このイヤリングは七宝焼のものです。
大変愛用していましたが、金属は金色の光でしたけれど、
メッキも剥げてしまい今では銀色に変色しています。
イヤリングの留め金もねじ式の古いままです。

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当時はこれをつけて話をしていると首の辺りに
お喋り好調!…とばかりにキラキラ揺れて
ちょいちょいと周りの皮膚にも触れながら
お喋りの応援をしてくれるようでした。

ゆらゆらするイヤリングは今では珍しくもありませんが、
当時は目新しくて私にとっては大事なものでした。

この赤い色も気に入っていました。


それが、35年前のことでした。
夫がロサンゼルス・UCLAで在外研究員として
約1年間の勤務についていました。

本来は家族揃って転勤について行きたかったのですが、
子どもたちの事情も、そして実父の健康も
気になることがあり、夫が一人でアメリカに
渡航し勤務することになったのです。

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そんな年の夏休みに、私たち留守組が約1か月の
夏休み期間を利用して
アメリカに行くことにしました。
夫は滞在期間をいろいろと工夫し考案して
あちらこちらへと旅に連れ出してくれました。

日頃、夫は旅など趣味もなく好んでいなかったのですが、
子どものため、家族のためと動いてくれました。

メキシコ・シーワールド、ナッツベリーファーム、
グランドキャニオン、ディズニーランド、ラスベガス、
チャイニーズシアター、それからスミソニアン博物館など
今や、都市名も出てこない有様ですが
そんな体験を多くさせてもらいました。

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サンタモニカの海岸では夫のボス.ケリー教授の家に招かれ
海岸でのパーティーも開いてくれ歓待でした。
水着着用で太平洋の大きな波と戯れて遊びました。

そしてまた、ロサンゼルスのジャパニーズビレッジでは
ちょうど文化祭が開かれていた時期であったし
日本では見られなくなった二宮金次郎の像も
大層立派に建てられているという日本人学校にも
行ってみました。

我が子が通う名古屋市立の小学校でPTA会長を
なさっていた寺本さんが市議会議長に就かれた頃です。
その市議会議員・議長の寺本さんがオープンカーに乗って
手を振りながらパレードに参加していました。
当時は(今も?)ロスと名古屋市は姉妹都市です。

私は大通りの真ん中に駆けて行き、
寺本さんと驚きの握手をしていました。
彼は私たち一家が、まさかロサンゼルスに滞在中で
当地で会うとは思いもよらなかっただろうと思います。

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私たちも寺本さんがこのパレードに賓客として
参加しておられるとは思いもしませんでした。
いち早く彼を見つけて、オープンカーに駆け寄って来る人が
誰なのか見当もつかなかったことでしょう。
驚きの表情を見せて、それがやがて見覚えのある人だったと
分かり、輝きのお顔に変わっていたことを今でも忘れません。




このイヤリングの話をします。
ビバリーヒルズで映画スターの家や超お金持ちの方々が
住むという有名な街の散歩をした時の出来事でした。

地図でどこに誰が、という案内図もあり、
カークダグラスの家は…、チャップリンは、?、?…など
誰の家かも個人情報がどうのこうのは
当時は無かったのでしょうか。
案内図を片手にしての散策でした。
清々した街を歩くのは気持ちが良いものでした。

それがふと耳に手を当てたら、あの大好きな
七宝のイヤリングが片方だけ失くなっていたのです。

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家族の皆にそのことを告げました。
(まあ、仕方がないね)という応答があると
思っていました。

けれど夫が「大体どの辺まであったと記憶がある?」
「それなら、この辺を探そう…」と
目星を付けて探すことにしてくれました。
でもその辺は落ち葉がカサカサと鳴っていましたし
落ち葉が掃き清められてもいないし、小さなイヤリングなど
埋もれたら見つからないような所だったと思います。
見つけるのは至難の業だと私が真っ先に諦めていました。

夫には何としても探し出すという気迫が
感じられました。
それから皆で手分けして探しました。
夫の強い気持ちから、なんとあのイヤリングが見つかった!
再び私の手に戻った! 
なんと、なんと…、探し出し見つけてくれたのでした。

20~30分は探していたと思います。
本当にあの時の執念みたいな気持ちを夫に観て
(人間は諦めては駄目だよ)という精神を
教えてくれていたように思います。

そして大いなる夫の愛情を感じました。

1983年の夏でした。



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昔のアルバムを開いたら…
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by nagotu3819 | 2018-05-23 01:27 | 私の原風景 | Trackback | Comments(10)

半年ぶりでした

いつもお声をかけて頂いてありがとうございます。

A子さんは「今日は午前中出かけていますから
Sakaeで会いましょう。お昼をご一緒しませんか。」
と声をかけて頂いた。

私の突発性難聴や彼女の足首の捻挫があったり
お正月のいろいろな家庭行事もろもろなどで、
大分ご無沙汰が続いたりしていた。

こちらが忘れられてしまっているかも―、
という気もしていた。
そんな時にラインからお誘いのメッセージがあった。

久しぶりにSakaeで待ち合せをする。
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地下街では美術館に一番近いお店「Simamoto 画材」店で
待ち合せをしましょうということになった。
彼女が少し遅れるというので久しぶりにその辺をブラブラ。
地下通路は良く歩いていたから懐かしく
思い出しながら歩いた。


ここに新聞社のカルチャーセンターがあり、
何年か通っていたので詳しく知っていたつもりであった。
でも、最近はSakaeに来るときはいつもデパートなどで
用事だけすましてブラブラせずに帰っていた。

地下街にあるトイレの位置まで詳しかったのに
周辺の店が無くなっていたり様子が変わってしまっていて
その辺りのどこにトイレがあったはずだとか、
もっと先にもあったはずなのに…と考えながらも、
サッと思い出せない。

そんなに来ていなかったのかと改めて思った。
そういえば最近は、JR駅付近でばかり
待ち合せて、駅周辺をブラブラ。
食事やお茶をして近況を話したりしていたわ…。

人間て行かないでいるとすぐ忘れるんだと認識。
そうね、この年なら忘れるのが当たり前だわ、
なんて開き直ってもいたようだった。


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彼女とは昨年11月に会ったきりでその後は
会わなかったわね…。

最近は少し会わないでいると
すぐに太ったり痩せたり、老け込んだり若返ったり
私の年齢は変化に富んでいるから
随分様子が違ったと言われるかもしれないと、
やや緊張気味だった。

いつも会う友だちには、遠慮会釈もなく、
顔中が皺だらけにして笑うんだね、とか
髪の毛が少なく薄くなったんじゃないの、とか
自分で気づかなかったことを言ってくれる友だちを想った。

ちょっと失礼なことを
口走りはするけれど、家に帰って
自分で鏡を見て確かめるきっかけをくれたりする。
まあ、それを言ってくれるのは
私もきっとずけずけと言っているのだろう。
それも「あら失礼ね」と軽くいなして
「そう言ってくれるのはMさんだけよ」と
きょうだいみたいな存在かも…、と
有り難がっている

A子さんとも結構きょうだい関係のような所もある。
私のキャラクターかも知れないが
サラリと本音も言えるので
親しみを持つけれど、それはこちらサイドの思惑だ。

親しき中にも礼儀あり…か。
仲良しだからと言って
言って好いこと悪いことを見極めて行きたいよね。

弁解したいと思っていることも
中にはあるのだけれど
「その話はやめましょう」と、賢いこと。
ちゃんと口に出して制止できるんだもの。
だから続くのです!!



タイトルには関係ないのだけれどこれは2016年5月22日、
わずか3年前だったけれど、
私たちは様子が大分変ってしまっているが、
私っぽくなく写っていて自分では気に入っている。

(その日の二枚の写真を、張り合わせてみた。)
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以下は『心のモデル』S.Y著からの抜粋だが、
さらに”おわりに”を書き写してみよう。

(『心のモデル』”おわりに”の、最後の最後の部分)

「無駄」なものがなく、必要なものが「むら」なく整った環境では、ヒトは「無理」をしなくなってしまう。そうした状況からは躍動感のある心のモデルは描けない。またたとえ描けたとしても、そうした心のモデルは人生の、さらには「いのち」の応援歌になることはない。「揺れ」はある意味では「迷い」と「自由」にくみする概念である。そのために「揺れ」を生きとし生けるものの「応援歌」として描いたつもりである。最後にここで描き切れなかった想いを谷川俊太郎の一篇の詩に託しておくことにする。

  《黄金の魚》     詩 谷川俊太郎
おおきなさかなはおおきなくちで
ちゅうくらいのさかなをたべ
ちゅうくらいのさかなは
ちいさいさかなをたべ
ちいさいさかなは
もっとちいさい
さかなをたべ
いのちはいのちをいけにえとして
ひかりかがやく
しあわせはふしあわせをやしないとして
はなひらく
どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない

何気なく言ってくれているのだが、
心に沁み込む言葉の群れであった。


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by nagotu3819 | 2018-05-21 19:12 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(2)

「母の日は忘れない」「あら、忘れて好いのよ」

母の日の前日。
国立近代美術館で待ち合せをした。
娘は5分遅れるとメールあり。
ところが私ったら何を勘違いしたのか、
小1時間も狂わせてしまった。
美術館はなるべく早く行った方が
観るのに楽だという配慮だったのに…。


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お母さんの趣味は日本画だったから「横山大観展」を
観に行きませんか…と次女から誘いがあった。
「行く、行く!」と即答だった。
出無精になっている。以前は独りでも出かけたのに
今はだれかと共に楽しみながら鑑賞したいのだ。
結局友だちや姉妹の交流をついでにしながら
お出かけしたいとの考えだ。

彼女は、母の日のプレゼントをしようと
最近、近くのショッピングストアに出かけたが
喜んでもらえそうな適当なものが無くなっていたので、
美術館に誘うことに切り替えてみたの…と。
彼女は都内の教職員をしていて、日々忙しくしているのだ。

確かに長女は随分前から約束していた。
彼女も仕事をもって居るので忙しさは変わりないのだが
随分前に第二月曜日にランチデートをしようと
誘われていた。



こうした母の日のお誘いも
今や中堅の立場にいる次女は何やかやと
信頼に基づく立場からの仕事も多く、目が回りそうなので
母の日の何かをしたいと思ってもままならないのが分かる。
それでもこうして誘ってくれるということは
大変うれしく思っている。

大観の作品が多数集められていて見事だ。
今活躍中の日本画家の作風やテーマなど
大観の作品から大いに影響を受けている作品を
軽くいくつも作品が思い浮かぶくらいだ。
風景画もしかり…。
人物のデッサンは少し下手などと解説されていたけれど…。

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次女は大局的な見方、考え方をする子で
私が気づかないような話を展開させることが多い。

今の若い子たちの傾向とか、表面的な
振舞いを見ると、周りに影響されない行動にみえる。
新人類(?)の考え方が分からないために
奇異に映るような人が増えたよ…と。

もう少し常識をわきまえるべきかと非難したいところ、
実はその人なりの考え方によって居るのだから
その考えを逆なでしないように優しく対処してみるのだと…。
すると新人類は、「私に優しく接してくれる」と
思ってくれるようだが
自分自身の姿勢は曲げないわけで、
他の大部分を相変わらず非難したり言葉の使い方が
下手でなんて言う人かと思わせる様子の人が
多くなっているのよ…と。

決して自分を正そうと、または直そうとはしないで
周囲の理解ばかりを願って頼りにしている。
そういう人が多くなっているのだと。

彼女の言うことを思惑通りにここに表せて
居ないかもしれない。
私なりの解釈しかできないから
間違っているのかもしれないのだが…。


そういえば、昔は「今の若い人は…」と先輩から
思われていたし、常套句のように
その言葉はよく使われていた。

昔はそんなことが無かったとか、
先輩方は、自分たちの生きてきた時代や考えを尊び、
現代的な今の考え方を批判される傾向にあった。

それではと、柔軟に反省するつもりになると、
「反省しなくても好いんじゃないの」と言われる。
(そうなのかな、どうなのかな)と分からずに
若い人との交流の無さ故かと想ったりもした。

これらは娘と食事をしながらの会話で
私自身の考えが加えられ広がっている部分が
気になるのだが…。


今日はお日柄も好かったようで如水会館で食事が
好いねと目指していたが、結婚披露のパーティーと
かち合っていて、どの部屋もいっぱいだった。
そのすぐそばの学士会館にも立ち寄ったがここも満席。

「あらかじめ当たって予約しようとしたが断られてね。」
ということだったが「どうにかなるわよ。」と私も暢気…。

ちょうど奥にある日本料理のお店に空席があった。
実にちょうどよい加減の料理店に当たった。
お話も静かにできたし、暖かいお茶のサービスが何度も
あって、二人は満足で一日早い「お母さんありがとう」
をしてもらった。

会計の時にお店の支配人らしき人に
カメラのシャッターをお願いしたが
「綺麗に撮れましたよ、どうでしょうか」と言われた。

冗談に言わせてもらった言葉は
「あらモデルが好いから佳い写真になったと
言ってくださらないの」と応答してみた。
そうしたら、率先して言って下さったことは
「もう一つ撮りましょう、あの古時計の所で…」と。

そのお店の一角を出て会館の入り口付近にあった
古時計を背景に、さらにシャッターを押して下さった。
(うん。感じよいお店だ)なんて勝手なことを想いつつ、
感謝の気持ちを表した。

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そして、母の日の当日。
そうです、娘たちも立派な母の立場であったのだ。
子どもたちに祝ってもらっているのだろうね。

だから、日ごろ溜まったものを片づけたりで
家で用事をしていたら、母の日プレゼントが
長女から届いた。

明日、その気持ちのランチデートとなっているのに、
お姉ちゃんの気配り、気が利いたことを必ずしてくれる。
しかし、もうそんなに気にしなくて良いのにと
思いつつ思いがけない宅急便に、喜んだ。

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とりあえず写真を撮って記録した。

次の日の予定がつまっていた。
午前中は一つ、午後は二つの用事がある。
私の車で長女の家に行き、そこで娘の車に乗せてもらい
東京ディズニーリゾートの玄関口にある
ショップ&レストラン&映画館などのあるショッピングモールへ。

その中のお気に入り、グルメのお店に腰を落ち着かせた。
ここは以前にも二人で食事をしたところ。
手ごろなお好みメニューもあって、ゆっくりできた。
そして次の予定も考えてサングラスや
ハンドUVケア(手の甲だけの)手袋など
物色していたらそれもプレゼントにしてくれたり…、
~~悪いわね。


食事や近況報告を含んだ会話をゆっくり楽しみ、
そこからまたJRで目的地へ、と予定していた。

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長女の家庭は、いまの時期は教育費で大変だと思う。
二人の娘(私にとっては孫よ。蛇足ですね。)を
私立大学と私立高校に通わせている。
男親も娘たちの楽し気な様子に目を細めて
「いいなぁ、毎日楽しそうだねぇ」と
応援しているところが素敵。

母親(長女のこと)は博士号をもっているのに
子育てに重きをおいていた時期は行動を縛られる
仕事には就かなかった。
遣り甲斐を感じて生きて行かれるような資格をその頃から
種々取得してそれなりの満足感を味わっていた。

今は公立小中学校のスクールカウンセラーや
以前から勤務している専門学校の教師など
天職じゃないかと感じるくらいに乗って張り切っている。

そして上の子の責任感だろうか。
親に人一倍に恩を感じ何とかして親孝行なることを
したいものだと思っていてくれること、痛いほどわかる。
しかし気が利くことは反対に親にも厳しい目を持っているから
同性の私には指摘も痛いことをかなり言うので大変だ。

本当に娘たちは私が出来なかったことを
時間的にも労力的にも工夫しながら
懸命に努力しつつ生き甲斐を感じながら
頑張って満足の域にいる。

自分で言うのは、ちょっと控えなければと思いつつ
子どもに恵まれたものだと密かに喜んでいる。





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by nagotu3819 | 2018-05-19 05:35 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(6)

不思議な花(アゼムシロとナウパカ)

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ハワイの低地で咲いている「ビーチ・ナウパカ」と呼ばれる種類。花の部分が1つの花を半分にしたような扇状の形をしています。ビーチ・ナウパカは比較的よく見られますが、高地には「マウンテン・ナウパカ」という名の、同じような形をしたものもあり、これは、ビーチ・ナウパカよりも、見つけるのがやや困難です。独特な花の形と、山と海に分かれて生息することから、ハワイにはナウパカを主題とした悲しい伝説が何種類も伝えられています。ハワイの火の女神、ペレが出てくるものやフラを修行中の恋人達の悲恋物語など、右に挙げた以外にも様々なお話が伝えられています。

随分珍しい花がハワイにはあるものだと驚いていた。先日夏日かと思われるような陽気の日にドライブして田園風景の中を散歩した。そのとき偶然にもあの花によく似た花を見つけたのだ。

田植えを待つ田んぼには水を張ってあり、その水たまりにはメダカではない小さな魚が緑の羽衣を身に着けているようにヒラヒラと泳いでいたり、甲高い声で鳴く中ぐらいの大きさの鳥が飛んでいたりして、のんびりとした時間があった。

ふと足元を見ると生き生きとした草花に目が留まった。
なんと、花は小さいけれどあまり見かけない白い花…!?
ハワイで伝説の悲恋物語を呼んだあの扇状の白い花の形状にそっくりだった。
え!このような花が日本にもあったんだと思ったのである。

これは…!? e0228147_15272840.jpg
そうだ、分からない植物の花は、ブログの友だち・押し花さんに聴こうと、早速メールしてお尋ねしたら、折り返しお応えがあり、これもまたびっくりした。
そんなに早くお応えがあるなんて正直期待はしていなかったもの!
「…(前略です)… 田んぼのあぜ道で、普通に見かける花でした。広島の奥の方の田んぼのあぜ道でよく見られる花です。可愛いです!」

そんな草花に目を遣ることもなく、危なげにあぜ道を走った小学生、低学年時代の思い出がある。
9歳違いの叔父の後を負けじと走って田んぼの中に落っこちたりした。叔父はあのころ憧れの人だった。年上のお兄さんと遊ぶのが楽しかった。よくふざけてはくすぐったりしてくすぐりの極めは泣き出すまでということがしばしばあり、その都度少年だった叔父は、祖母に怒られたり、たしなめられたりしたのだった。
でも、不思議に泣かされても度を越えたふざけ合いもあったのに、年齢の近い叔父は大好きであった。次男坊の叔父は結婚して遠くの地に行ってしまい、取り残されたような気がして、とても寂しく感じたりした。

田園風景の中で、普段は思い出したりしなかったことも思い浮かんでくる。
こんな時間は、またとない大事なことだと思えるのだ。(年だなぁ。)






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by nagotu3819 | 2018-05-18 12:25 | 私の原風景 | Trackback | Comments(6)

思いがけないこと、奇跡としか思えない

5月15日のNHKTV「あさイチ」で
カビの話をテーマにクイズをしていました。

観るともなく見ているとカビの悪戯というか
大変私の無知ではありますが、思いがけないことも
述べていました。
カビが耳の穴に入り込み耳が聞こえなくなると
いう症状を引き起こすのだと言うことでした。

はっと気づきました。
実は半年前に私は突発性難聴を患ったのです。

始めは自分の片方の耳が聞こえてないなんて
全く分かりませんでした。
ただ夜中に静かに廊下を通っていたときに
何か身体を通る髄液のような流れの音が、
PCが息をしているような感じで
聞こえているような気がふっとしたのです。

”おやっ、しかし気のせいか?”とそのことは
素通りしてしまったのです。

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朝、電話がありました。
”ちゅるちゅる ぴぴぴ ぴいぴい…”
何だか小鳥がさえずるような音が電話口から聞こえるのです。
電話ですから相手の方が喋っているらしいとは
思いましたので、私の電話か相手の電話が
故障じゃないかと思いました。
一息してから電話を掛けなおすと伝えて、一旦切りました。

その通りにして普通に聞こえてきました。
”ほら、私が思った通り受話器の故障…”と
納得して用事が済みましたけれど、昨日から携帯電話も
いつもと違うようで聞こえづらいと思っていました。
周囲が喧しくてもメールだったらよく伝えられると。

近くのサテライトまで足を運び
故障したかもしれない携帯電話を調べてもらいました。

確かに変だと取り換えてもらうことに
話しは纏まりました。

しかしそれも不安なのでもう一度試すことにしました。
偶然ですが、反対側の耳で
電話を受けましたので、よく聞こえました。
受話器が直っていますと伝えつつ、
その現象が、私は不思議でしたが
携帯を取り換えなくてもよいことにしました。

それからまた、念のために携帯会社側から
電話してもらい確かめてみました。
無意識に悪い方の耳で受けたので聞こえなかったのです。

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私自身が壊れていると判明しました。
すぐに斜向かいの耳鼻咽喉科の門を叩きました。
「これは、すぐ入院治療をしてください」との
医師の診断は「突発性難聴」ですと…。

その翌日、総合病院へ行き治療を受ける
ことになりました。


総合病院の女医先生は、
「入院したからと言って治ることを保証した訳ではありません。
治った人は30%に過ぎません。
あとはわずかに治った程度か、まったく効果なしで
治療を終えることになったという結果が出ています。
そういう状態の現実ですが入院することにしますか 」
と、確認を迫られました。

もちろん治らなかったとしても思うままに
手段をとっておきたいと入院加療を承諾しました。


「おかあさん(義母)、早すぎますよ」と長女の旦那。
(まだまだそんな年ではないでしょう)と励ましてくれました。
遠くで勤務している次女の旦那は、
ただひたすらに運転手を買って出てくれて
病院まで見舞いに行きたい次女を運んでくれました。

そして夫は「私の持論の通りに試みてごらん」
「心から笑うのですよ。とても笑える心境では無いでしょうが
お腹を震わせるくらいに心から笑ってごらん…」と
励ましてくれました。

5日間の入院でしたが3日目に回復の兆しが見えました。



奇跡的なことが起こりました。
30%だけの治る人の中に私が括られたのです。
本当にうれしいと思いました。

ただ、MRIで画像を取って見ましたが
異常とするところは見つからなかったとの診断でした。

こんな私の状態をブログの友だちR.さんが
どうして判ったのでしょう。
半年前のことですので、はっきり思い出せませんが
心から慰めて頂き、力になってくださいました。
これこそ奇跡のような話でした。
ありがとう! R.さん!!

本当の話です。



退院直後カラオケの忘年会が開かれました。
私はもちろん参加しました。


耳が悪くなる前にS. さんと、相談して
スポーツクラブの仲間と忘年会を開く相談の
中心にいたので…辞める訳にも行かず、
Y.さんが縁の下の力持ちになってくださったので
実行できました。


聞くところによるとカラオケなど音に
馴染んでいけば耳の治りも早いのよ、っていう方が
居りましたが、それは単なる励ましだったのかも…。

心から笑って耳の機能が
回復いたしました。
突発性難聴が治ったのです。
30%の仲間となった実績を頂きました。
感謝です。




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by nagotu3819 | 2018-05-15 23:08 | 健康・エクササイズ | Trackback | Comments(12)

バーベキューの楽しみ

毎年行っている筍バーベキュー。
亡き母の誕生日のお祝いとして
姉妹はじめ皆がお祝いに集まることから
始まったのである。

今年は筍が採れなくてと、
バーベキューとして行っている筍掘りは
出来なかったが、妹の作る筍ご飯や
筍の味わい深い種々の味噌汁、煮物が供され
皆が満足で舌鼓を打ちながら食べた。

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ただいつもの顔ぶれが揃わなかったのは残念だった。
それぞれ、成長の段階で受験期であったり
此の時期に開催されるスポーツ大会に選手となっていたり
遠くの学校に入学していたりと、家族の条件が
昔ほど揃わなくなっている。

それはそれで仕方ないけれど、
参加のみんなは楽しく集まり喋り大いに食べて…。

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アウトドアの行事っていつもと食事などに
雰囲気が違っているところが嬉しい。
いつも炭水化物は控えているの…という
主義の人も少食傾向であっても、この日ばかりは箸が進む。

可愛い犬の参加もあったりしたが、幼い日の体験から
犬に触れない、近づけないというメンバーも
このワンちゃんだけは可愛いと興味を示したり
また、終わりの方では竹ぼうきで木の葉が
ハラリハラリと時々落ちてくるのだが、
珍しい気持ちで庭の掃き掃除をしたり…。
これが毎日だと私はきっと嫌になって
他の家族に任せてしまうのだろうと
密かに感じたり…。

いろいろな非日常体験も楽しめて
血縁家族が集まって
日ごろの報告などをしあったりした。



下は過去の筍バーベキューの一コマだ。
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この年は同じ日ではあるのに
寒かったらしい。
今年は、大変な気候でまだ春なのに夏日であったり
また本来の時期の気候の時は寒く感じたり
さらに例年よりも気温が下がりすぎという
時のありであった。

こんな年もあることは認めるけれど
どうしたんだろうね、地球の環境は
変化しつつあるようで
まさか氷河期とか温暖期とかで
人類も適応力がある人だけが生き延びるという
そんなことになるのだろうか…。

いや、これこそ杞憂というものかも知れないね。


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by nagotu3819 | 2018-05-14 04:01 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(2)

1年ぶりの再会( &緑中・皆川先生のこと)

休日になる前の18:00から集合でした。

昨年は「桜が咲くころになるとみんなに
逢いたくなるんだよ」とタクアンちゃんに
オーちゃんからのメールがあって、次にそのメールが
私にリレー連絡があって、
引き継いだ私がケイちゃんにメールして、
この希望を伝言したのでした。

一応タクアンに確かめてからケイちゃんに連絡しました。
ところが私は「件名」を書かずにメールしましたので
いきなり削除されてしまったようです。

PCメールには件名なしだと開けないで「削除」が安全です。
私はスマホを愛用しているので
大抵は件名なしでいきなり本文が普通に事でしたから
不審なメール扱い…
あぁ、削除されているとは知らず…。
連絡が時間的に手間取りました。

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そしてケイちゃんは例年のごとく有志クラス会の
設定をして下さいました。


昔々のことですが…。
この中学校に私は中3の5月連休明けに転校したので
まる11カ月しか在校しておりません。

けれど担任の皆川先生はクラスの雰囲気を大まかに
説明してくださいました。
男子は勉強好きな子が多い、女子はスポーツが得意で、
活発な女子が集まっているよ…と。
どちらかというとスポーツは不得意、おとなし目の私。
ド田舎の学校からの転校なのでこの有名市立中学校での
成績格差を感じてショックに思うかもしれないと
注意深く見守ってくださいました。


チャイムが聞こえる学校周辺の位置に住んでいましたので
夏休みの勉強に身を入れているか…とか
家庭訪問もしやすかったのかも知れません。
割りにちょいちょい覗きに来られました。

水着を着たまま海辺に降りられるような環境で、
家から気楽に海水浴にも行きました。
いま、まさに海で遊んで来ようと思っていた時に
ひょっこり先生が現れることがありました。
ついでに先生も私たち姉妹と
海で遊んでしまうこともありました。
いい思い出です。

先生のご指導もかなり柔軟性があったわけでした。
おかげで心はすっかりこの中学校に馴染んで
昔から在校していたみたいに思えるようになったことが
先生のお陰でもあり、私の環境に慣れやすい
性質からでもあったのでしょうか。



ですから、卒業後も優秀男子の集まりに
僅かの女子がこの仲間の一員になれたなんて不思議。
(住まいが皆さんの”集まれ”に応じられたから、など)
楽しくリラックスしてクラスメイト有志の会に
誘って貰えるなんて、幸せなことだと思っています。
友だちを大事にする気持ちが一貫しているための
結構な想いと言えるかも知れません。

この会に参加するとやはり同級のよしみを感じ、
このような巡りあわせに恵まれたことは
運命と片づけてしまえることかもしれないけれど
「ついている」と感謝しています。

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また別の日でもありましたが、
元クラスメイト何人かで昼食会でした。
アヤちゃんはさっぱりした元スポーツマン。
ソフトボールが強いクラスであり、彼女は確かキャッチャー。
おキョウさんのピッチャーと名コンビで活躍なさいました。

彼女も元担任の皆川先生が大好きで、おしゃべりも楽しい。
昨年はこんなこともあった…とアヤちゃん。
大病をされて病後には、90歳になられる皆川先生が
お一人で彼女の家まで見舞いに来てくれたと感激していました。

私が久しぶりに皆川先生に電話した用件が
あのクラスのマドンナ的存在のユリちゃんが
お亡くなりになって「明日お葬式です」と
伝えたことがありました。

以後私が電話すると
「嬉しい話か?悲しい話ではないだろうね」と
警戒されたご様子の一時期もありました。

アヤちゃんは今、「先生は私の恋人」と言ってのけます。
「私、嬉しくて嬉しくて…。今日ね恋人から
ラブレターがきたのよ。」と言われてドッキリ!
誰かと思ったら、先生からのお便りが来たのだそうです。

良かったよね、良かった…ぁ~。




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by nagotu3819 | 2018-05-05 16:33 | 交友録 | Trackback | Comments(2)

友だち讃歌(2)

ここによく登場する元同僚組の三人である。

先生方との最初の再会は、教え子たちの
クラス会に久しぶりに顔を合わせた時であった。

勿論このクラス会主催の教え子も
卒業後43年ぶりとのことだった。
卒業年は昭和44年3月という。

私はこの子らが卒業時は既に退職していて
更にその年の7月には
二人目の子どもを出産する予定の時だった。

私の生徒たちへの一人一人に対する記憶も
エピソードも薄れていて申し訳ない感じだった。

e0228147_04234084.jpg
卒業年の担任の先生、可児先生はもう居ない。
私と吉田先生と同年齢だった可児先生は残念ながら
3年前に他界されてしまったのである。

そして代情(よせ)先生は現在リハビリ中である。
この写真の三人に加えて上記の二人が
加わってこの県立高校に五人が同期に奉職したのであった。

昭和44年3月の卒業生のクラス会に呼ばれたのを
きっかけに、割りに定期的に会っていた。
一緒に職員室に居た同じ時間を大切に思っていたのだ。

それなのに現在顔を合わせて近況を話したり
笑っていられるのは、この三人になってしまった。

e0228147_12144317.jpg


上に示したのはNHKで過去に朝のTV小説「花子とアン」での
ワンシーンで卒業する生徒たちに
外国人の校長ブラック・バーン先生が送る言葉であった。

私たちにもドキンと胸に感じる言葉。
佐橋先生はそれを英語までメモされたのであった。


「わたしの愛する生徒たちよ
我とともに老いよ 最上のものはなお後にきたる

今から何十年後かに あなた方がこの学校の
生活を思い出してあの時代が一番
幸せだった 楽しかったと
心の底から感じるのなら わたしはこの学校の
教育が失敗だったと言わなければなりません

人生は進歩です
若い時代は準備のときであり
最上のものは過去にあるのではなく 将来にあります

旅路の最後まで希望と理想を持ち続け
進んでいくものでありますように



そして日本人の英語担任の富田タキ先生は
自分の運命を決めるのは自分自身です」…と。


この年齢になってもこの戒めの言葉は感じるものがある。

この後、宮崎でクラス会が行われるが
心を当地に飛ばしながら佐橋先生は健康に不安を感じて
やむを得ず「不参加」の
返信を投函された。







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by nagotu3819 | 2018-05-04 05:05 | 交友録 | Trackback | Comments(2)


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