カテゴリ:趣味・作品展・朦朧( 147 )

「母の日は忘れない」「あら、忘れて好いのよ」

母の日の前日。
国立近代美術館で待ち合せをした。
娘は5分遅れるとメールあり。
ところが私ったら何を勘違いしたのか、
小1時間も狂わせてしまった。
美術館はなるべく早く行った方が
観るのに楽だという配慮だったのに…。


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お母さんの趣味は日本画だったから「横山大観展」を
観に行きませんか…と次女から誘いがあった。
「行く、行く!」と即答だった。
出無精になっている。以前は独りでも出かけたのに
今はだれかと共に楽しみながら鑑賞したいのだ。
結局友だちや姉妹の交流をついでにしながら
お出かけしたいとの考えだ。

彼女は、母の日のプレゼントをしようと
最近、近くのショッピングストアに出かけたが
喜んでもらえそうな適当なものが無くなっていたので、
美術館に誘うことに切り替えてみたの…と。
彼女は都内の教職員をしていて、日々忙しくしているのだ。

確かに長女は随分前から約束していた。
彼女も仕事をもって居るので忙しさは変わりないのだが
随分前に第二月曜日にランチデートをしようと
誘われていた。



こうした母の日のお誘いも
今や中堅の立場にいる次女は何やかやと
信頼に基づく立場からの仕事も多く、目が回りそうなので
母の日の何かをしたいと思ってもままならないのが分かる。
それでもこうして誘ってくれるということは
大変うれしく思っている。

大観の作品が多数集められていて見事だ。
今活躍中の日本画家の作風やテーマなど
大観の作品から大いに影響を受けている作品を
軽くいくつも作品が思い浮かぶくらいだ。
風景画もしかり…。
人物のデッサンは少し下手などと解説されていたけれど…。

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次女は大局的な見方、考え方をする子で
私が気づかないような話を展開させることが多い。

今の若い子たちの傾向とか、表面的な
振舞いを見ると、周りに影響されない行動にみえる。
新人類(?)の考え方が分からないために
奇異に映るような人が増えたよ…と。

もう少し常識をわきまえるべきかと非難したいところ、
実はその人なりの考え方によって居るのだから
その考えを逆なでしないように優しく対処してみるのだと…。
すると新人類は、「私に優しく接してくれる」と
思ってくれるようだが
自分自身の姿勢は曲げないわけで、
他の大部分を相変わらず非難したり言葉の使い方が
下手でなんて言う人かと思わせる様子の人が
多くなっているのよ…と。

決して自分を正そうと、または直そうとはしないで
周囲の理解ばかりを願って頼りにしている。
そういう人が多くなっているのだと。

彼女の言うことを思惑通りにここに表せて
居ないかもしれない。
私なりの解釈しかできないから
間違っているのかもしれないのだが…。


そういえば、昔は「今の若い人は…」と先輩から
思われていたし、常套句のように
その言葉はよく使われていた。

昔はそんなことが無かったとか、
先輩方は、自分たちの生きてきた時代や考えを尊び、
現代的な今の考え方を批判される傾向にあった。

それではと、柔軟に反省するつもりになると、
「反省しなくても好いんじゃないの」と言われる。
(そうなのかな、どうなのかな)と分からずに
若い人との交流の無さ故かと想ったりもした。

これらは娘と食事をしながらの会話で
私自身の考えが加えられ広がっている部分が
気になるのだが…。


今日はお日柄も好かったようで如水会館で食事が
好いねと目指していたが、結婚披露のパーティーと
かち合っていて、どの部屋もいっぱいだった。
そのすぐそばの学士会館にも立ち寄ったがここも満席。

「あらかじめ当たって予約しようとしたが断られてね。」
ということだったが「どうにかなるわよ。」と私も暢気…。

ちょうど奥にある日本料理のお店に空席があった。
実にちょうどよい加減の料理店に当たった。
お話も静かにできたし、暖かいお茶のサービスが何度も
あって、二人は満足で一日早い「お母さんありがとう」
をしてもらった。

会計の時にお店の支配人らしき人に
カメラのシャッターをお願いしたが
「綺麗に撮れましたよ、どうでしょうか」と言われた。

冗談に言わせてもらった言葉は
「あらモデルが好いから佳い写真になったと
言ってくださらないの」と応答してみた。
そうしたら、率先して言って下さったことは
「もう一つ撮りましょう、あの古時計の所で…」と。

そのお店の一角を出て会館の入り口付近にあった
古時計を背景に、さらにシャッターを押して下さった。
(うん。感じよいお店だ)なんて勝手なことを想いつつ、
感謝の気持ちを表した。

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そして、母の日の当日。
そうです、娘たちも立派な母の立場であったのだ。
子どもたちに祝ってもらっているのだろうね。

だから、日ごろ溜まったものを片づけたりで
家で用事をしていたら、母の日プレゼントが
長女から届いた。

明日、その気持ちのランチデートとなっているのに、
お姉ちゃんの気配り、気が利いたことを必ずしてくれる。
しかし、もうそんなに気にしなくて良いのにと
思いつつ思いがけない宅急便に、喜んだ。

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とりあえず写真を撮って記録した。

次の日の予定がつまっていた。
午前中は一つ、午後は二つの用事がある。
私の車で長女の家に行き、そこで娘の車に乗せてもらい
東京ディズニーリゾートの玄関口にある
ショップ&レストラン&映画館などのあるショッピングモールへ。

その中のお気に入り、グルメのお店に腰を落ち着かせた。
ここは以前にも二人で食事をしたところ。
手ごろなお好みメニューもあって、ゆっくりできた。
そして次の予定も考えてサングラスや
ハンドUVケア(手の甲だけの)手袋など
物色していたらそれもプレゼントにしてくれたり…、
~~悪いわね。


食事や近況報告を含んだ会話をゆっくり楽しみ、
そこからまたJRで目的地へ、と予定していた。

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長女の家庭は、いまの時期は教育費で大変だと思う。
二人の娘(私にとっては孫よ。蛇足ですね。)を
私立大学と私立高校に通わせている。
男親も娘たちの楽し気な様子に目を細めて
「いいなぁ、毎日楽しそうだねぇ」と
応援しているところが素敵。

母親(長女のこと)は博士号をもっているのに
子育てに重きをおいていた時期は行動を縛られる
仕事には就かなかった。
遣り甲斐を感じて生きて行かれるような資格をその頃から
種々取得してそれなりの満足感を味わっていた。

今は公立小中学校のスクールカウンセラーや
以前から勤務している専門学校の教師など
天職じゃないかと感じるくらいに乗って張り切っている。

そして上の子の責任感だろうか。
親に人一倍に恩を感じ何とかして親孝行なることを
したいものだと思っていてくれること、痛いほどわかる。
しかし気が利くことは反対に親にも厳しい目を持っているから
同性の私には指摘も痛いことをかなり言うので大変だ。

本当に娘たちは私が出来なかったことを
時間的にも労力的にも工夫しながら
懸命に努力しつつ生き甲斐を感じながら
頑張って満足の域にいる。

自分で言うのは、ちょっと控えなければと思いつつ
子どもに恵まれたものだと密かに喜んでいる。





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by nagotu3819 | 2018-05-19 05:35 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(6)

文芸サークルの一員だった日(2)~母と中国へ~

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(綿毛の毎号の特集記事タイトル)

― 花のまわりで ー

母からの誘いで姉妹空の旅
母の背はピンと伸びます ジョギングシューズ
同胞の地である気楽さ 中国へ

出発は台風一過 仏滅の日
母七十二歳 座席で祈るその掌健やか
降り立った北京空港 大樹に雨
東洋の顔 親しくて二イハオと

流れゆく景色に私を置いてみる
並木みな巨木で緑のトンネルに
道覆う槐(エンジュ)の並木とまばらな灯 

小姑娘(シャオクーニャン)日本語可愛ゆく操りぬ
柳並木はやわらかな新緑に
自転車の通勤 背中から朝日
朝陽受けトンボの大群 自転車通勤

アキアカネ万里の長城越えて飛ぶ
長城へ登ると古き人の息
日本人と判別するは化粧と服装
北からの風 ウィグルの湿気あり
王族の墓あり 民の哀愁

それぞれに嫁いだ姉妹 飯店の部屋
謝謝(シェイシェイ)と言えばオハヨウとホテルマン

赤い壁 ラストエンペラーの孤独癖
土足でも通ってしまう大理石
滑らかな通路は真白な大理石
心模様をガラスに入れて光らせる

円い壁めぐってくる声そっと聴く
天界と地獄の狭間 人間界
西湖さざなみ 三十六個の月の影
白檀の風に染められ浄化せよ

天国と硬く約束 天壇公園
天国に届け祈りよぬくもりよ
この世から届く近さの天がある
仏像に畏れ多くも亡父の掌

すれ違う人 日本とも思える地
笑い声左の耳に今も残照

(1991.12 No.139 Watage)


(いつも父と共に海外旅行などを楽しんでいた母が、父が逝ってしまい一人ぼっちになった。パートナーを失った母を想い旅行もままならなくなったことに気づいた子供たち、すなわち私たち姉妹が行きたいという中国へ母と共に出かけることにした。
北京、杭州、上海などに向けて…。訪れた地名など、忘れてしまったが、母と子で貴重な体験としての思い出を綴った記念の作品となった。その感想を纏めてと、Watage副会長 桃子さんに依頼されて「花のまわりで」のページに載せられた作品群。しかし、今見ると独り合点の自分の姿がわかる。
けれど、この短い語群の連なりはなんと便利な表現法であったことか…!
思うままに綴った作品を詠んで、何となくあの日が蘇ってくることは有り難いことだと思った。)


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「人生」というものに卒業証書はない。
しかし、生きていく過程で義務教育やその後の高校、大学で学生になって卒業していく区切り…大人への階段を一つ上がったという証書があった。そしてその後の、生涯学習のような学びもあり、そこでは自分が設定した小さな区切りを一つずつ卒業して、次の試みに挑んでいきたいと思う前進の欲求は、私にはいつもあったと思う。

今まで三,四年のサイクルで手がけたことを自分なりに興味を持ち学習して後にこれは「卒業した」として区切りをつけてきた。または新しい師を迎えてさらに別方向から学ぶことの興味を深めて、向上を目指し視野を広げてみたいという欲求があった。

川柳に染まってからもうすぐ十年。私のサイクルでは異変。環境があまり変化がなく、川柳にも卒業らしきものはないような状態か。やっぱり、小さな区切りを自分なりにつけて一歩一歩進んで行きたいものだとも思っているのだ。
”グリーン・フュ-チャー・イン・ナゴヤ”(中部朝日新聞共催川柳大会)は終わった。

(1989.12 No.307 Midori)


(相変わらず、いい加減で申し訳ありません。「人生」の卒業証書はここでお終いという"The end"ということでしょう。それには全然目が行っていない、生きていることのみを見つめていました。それにピントを置けば、生きていてこれでいいという証をもらうことができる訳ではないと言いたかったのです。「人生」などと大胆なことを言って活字にしてしまったことを、今、この時に恥ずかしいことを言っていると思いました。
この時に、現状を見つめてみると何かを打破したい、しなければと、あがいている自分の姿を見たということです。文芸という独りよがりな、独断と偏見を前面に出せる領域だとも言えるのかもしれません。「個性」を出したいという気持ちの表れでもありましょうか。)

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台所の仕事も片付き、ふと気づくと一面に虫の声。
海原が続いていて波が寄せては返すように、虫の声が平らに絶え間なくずっと続いている。まるで虫の声に支えられ船の上に乗せられているような、まさに航海しているのではないかと思わせる感覚…。
スズムシの響く音色、その鳴き声も聞き分けることができる。
我が家の隣は三百坪の畑地。最近は雑草で埋まっている。

ひところは畑仕事に勤しむご主人や奥さん、そして関係は分からぬがもうお一方の老婦人の姿があった。その方々が隣に見えると、よく私はお喋り交流をする。老婦人はご主人のお母さまで八十歳だと分かった。畑に来られると元気になるということで、よくお連れになっておられるのだという。子供を遊ばせるように夕方の風の中にお母さまを座らせて、畑での働きぶりの姿を見せておられた。
畑作業にはご夫妻は不器用さを見せながら、汗を流しておられた。合わせるように隣地の私は庭に出て、あまり好きではない草取りをしたりした。
ついでにお隣同士のよしみで休憩時間に自慢の手作りジュースを振舞ったりして喜んでもらったりした。そのうちに畑を見る楽しみでいらっしていたお母さまが足遠くなり、いつか知らなかったがお亡くなりになられたとのことだった。

いらっしゃらなくなって足掛け三年くらいになるが、年々虫の声が賑やかになってきている。あ、騒がしいウマオイの声がする。コオロギもなかなかいい声だ。
それはYom-diの住人になって八年目の秋であった。

(1992.10 No.149 Watage)


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by nagotu3819 | 2018-04-25 06:31 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(2)

文芸サークルの一員だった日

合同作品集などの小さな本から…
(小本のnagotuの部分抜粋)
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アメリカでのこと。明るい色のユニホームで、金髪や栗毛の可愛い若い人たちが遊園地(テーマパーク)で清掃アルバイトをしているのを順番を待ちながら、見るともなく眺めていた。ゴミは落ちると目の前でサッと塵取りに掃き寄せ、すぐに片付けられる。しかもその人員は多めで、動きがスマートでかっこいいので気持ちよさ、爽やかさが一直線に伝わってくる。
見惚れながら日本(1984.8当時)では…と思いを馳せた。
日本の清掃する方々は何か目立たないような制服で、年配の仕事のように扱っているのが一般的。掃除婦(当時そう呼んでいた)は人の居ない時を見計らって目立たぬようにそっと綺麗にしているだけだった。
清掃の仕事を若い女の子がすれば、老人の仕事の領域を犯すことになるのかな。
そういえばアメリカではテーマパークで遊んでいる老人の姿は見たけれど、そこで働いている老人の姿は見かけなかったなぁ。
(1988.11. No.294 Midori)

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大好きなグラスと とっておきのワインで
静かに「乾杯」
    ロサンゼルスの青い深いプールの水
    白馬山麓の小さな灯と喜びの顔
    黒部峡谷の冷たい流れに浸した足
    サンフラワー号の群青に包まれた夜
    湯の花や蚕棚ベッドで歓喜の声は上高地…
友だち家族と肩を並べて歩いたその時を
小さな結び目の数々が浮かび懐かしむ

関節の一つ一つが緩みだす快いひとときにドォンと
満足して今年のメモリーはどこに刻もうかと
思いを巡らした
(1992.9.No.148 watage)




(仲良く行動していた夏の二家族の旅行。ほぼ同い年の子供たちの夏休みの楽しみは毎年の一大行事にもなっていた。その所為もあり、一家族が転勤となっても合流して楽しんでいた。しかし子供たちが大きくなるにつれて、それぞれの進路の関係などで気を取られて、この旅行も一緒にはしなくなっていた。
大人になってからそれぞれの、結婚式では招きあいお互いに祝福し合えた。そして子供たちはそれぞれの家庭を持って後も交流は続いて居たのに…。
2011年あの東日本大震災の年であった。震災には直接被害は出なかったものの、哀しいことが起こってしまった。あちらのご長女が小さい子供たちを遺してお亡くなりになられたのだ。闘病していることを知らなかったので、突然の大きな悲しみを半年も知らなかった。余りにも悲しい知らせに震災の出来事と重なって、全く電話にも出られないご家族の悲しみに動きが取れなかったのだ。電話番号が違ったのかとあちこちに確認もしたが、一年後ようやく電話は元の番号で変わってはいなかったとわかった。
その後はお手紙や年賀状のやり取りだけになってしまい、誰も欠けていない私たち家族が顔を見せてはいけないような気がして…。
毎年「今年こそは会いましょう」と言ってはいるんだけど、実現はまだしていない。)

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* 
海のある風景は私の原点か
ジャクリーヌ・ササールの『芽生え』
中原淳一の『それいゆ』
サラサーテの『チゴイネルワイゼン』
ロバート・ヤングの『パパは何でも知っている』
そして
ドナ・リードの『うちのママは世界一』

色褪せてしまわないように
ときどき空の青を見つめる

(1990.7 No.122 watage)



(年ですね。こちらにご訪問の皆さまと私では、↑共有できる言葉があるのでしょうか。ブログを楽しんでいる平均年齢層よりは、皆さまより少し年上かも…。だからこそ、私はお若い方々とも交流できる幸せを感じています。ここに挙げられた言葉や心は時代的に通じがたいものかも知れません。お姉さんお兄さんから、または父上母上から、聞いたことがある、…など教えてください。)




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by nagotu3819 | 2018-04-22 02:38 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(6)

遠雷や思い出ひとつ音してふたつ

アメリカハナミズキが満開になってきています。赤く見えているのは花びらではなく、苞の部分です。
関係のない話です。ちょっと思いが外れてしまいますが、捨てようと思ったこの本に私の作品が山となっていました。これらは1991年の作品ですが、今見ても新鮮な気持ちがするのは私だけでしょうか。数えてみれば27年も前の作品ですから、私の手を離れて久しいーー。第三者的に読むことが出来ましたので、この際、ここに書き落としてみようかと思います。

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青い誕生石  (nagotu=sky-sapphire)



口下手で絵の微笑みを繰り返す
手袋の中になぞなぞ潜ませて
遠雷や思い出ひとつ音してふたつ
マティーニと紅薔薇 ほろと生きる今
浮きたった気持ちがこれよアップルケーキ

ああ今日はどこまでも声澄んでいる
折り紙の角ぴったりと合う瞬間
どこまでも履いていく気の青い靴
踊る血の鼓動潜ませ白封筒
足裏の砂どんどんと攫われる
海にまで来てしまったよ小石のひとつ

入らないで 私の部屋は紅葉ばかり
燃え立つ秋を背景に自画像描く
鮮やかに彷徨っている茄子の紺

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今日だけは深海魚 思い切り泣く
故郷の香り欲しくて海岸線
鳥の背にソプラノ乗せて羽ばたいて
口紅は赤く輝きコーラスライン
ぼんぼりの明かりで夢がまた浮かぶ

響きあい三色すみれさらに濃く
気が合って虫と一緒に息をする
父の気配 消すまいとする母の庭
母さんと娘が居ます てんびん座
スタンドの灯りが息をする秋で


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天からの使者と思える雪恋し
輝かせてしまう勇気の雪が降る
流氷に昔話をリピートする
一抜けた さっと抜けられたあの日
幕間があってそれからしたたかに

勇気が萎む萎む レモン齧る
ああ欲望 みんな大きな石の中
魂の実がぶら下がっている裸木

人参を甘辛に煮る寂しい日
友だちも染み込む冬の味深し
熱い胸パンもふっくら焼けてきた

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音楽が流れ紅葉も溢れ出す
列車には時だけを乗せ走り出す
樹はみどり 何でも許してしまう夏
嵐過ぎアイロン掛けが心地よい

振り向くな 忘れ得ぬ人 靴の音
約束の黄色い傘が開かれる
蔦の葉を揺らし 青春だった鐘

静かなる日常溢れ 指から鶴
今宵はシャンデリア眼裏に点滅
笑い皺ひとつ光らせひとつ老い



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by nagotu3819 | 2018-04-19 23:17 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(4)

ガラケイとスマホと十五夜

慣れ親しんで来られたガラケイを
最近スマホに替えられた友だちがいる。

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私自身スマホを使いこなしていると自覚はしていたが、
使い方の説明となるとなかなか難しい。

マニュアルで会得したことより
あれこれと試行錯誤でわかった部分が多いので
何処をどうしたのかを自分でも分かっていないことに気づいた。

だから系統だってこれをこうすれば
こうできると言う簡単な道筋を相手に伝えられない。

もどかしい。


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訳もなく歩んで来たのが徒になっているのだ。
今更ながら、説明は難しいと思う。

2年前のこと、ガラケイをスマホに替えたとたんに、
こんな手間のかかるスマホにするんじゃなかったと後悔した。

ガラケイで慣れた指の動きが邪魔をする。

安易にその場所のマークに指が動く…。
単に漢字変換したいと思っていたばかりなのに。
改行や別の目的の働きを思っていてクリックしてるのに…。

指の動きは送信ボタンを押してしまっている。


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スマホ研究していてあらぬ時間に、しかもあまり親しくない
友人に書きかけメールが発信してしまったりした。

悔しいけれどあっという間に送られてしまうのだ。
実に「アッ!」とう間に、であった。
赤面の至りで最上級に謝らねばならなかった。

受信された相手も失敗の経験をなさっていたのか
心が広い方であったためによかったのか、
他愛もない間違いだと大目に見て下さった。
(…との感触だったが実のところは?)

結構、遠い道を回り道しながら歩いてきたと
振り返ってわかる。

ところが友人は3日で使い慣れておられた。
私が1週間くらいかかったであろうところを…だ。
凄い、素晴らしい…ことだと思う。



スマホを使い始めたら、やはりかわいいと思うし
手放したくないアイテムとなってしまった。

あぁ~あ!
また商業ベースに乗ってしまったようだ。









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by nagotu3819 | 2017-10-05 07:24 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(2)

気になる酔芙蓉(スイフヨウ)

誕生日辺りに賑やかに咲いてくれる花は
結構あれこれとあるのだけれどまず浮かぶのは酔芙蓉。

この花がなぜ気になるかと言えば、
川柳の同好会で講師に迎えたWatanabe先生が
こんな句を作ったということを耳にしてからだった。
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さよなら舞子 角を曲がれば酔芙蓉  和尾

過去に東京文学散歩の会に所属していたころ、
その会の活動ごとに会報を編集・発行していたのだが、
この同好会会報誌の埋め草として、以下のようなエッセイを
掲載したことがあった。


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芙蓉の芳(かんば)せ 
―酔芙蓉をごぞんじですか―      (そよぎ)

 三十年も前のことだが、五十人ほどの仲間たちと川柳の同好会を組織して楽しんでいた。川柳か俳句か五行詩かで、他流試合のような楽しみ方をしたことがあった。

 そんな時期、ある俳句の会に川柳作家の和尾先生が「酔芙蓉」を詠み込んだ斬新な感覚の句を、どう評価されるかと戯れに投句されたのだという。結果はどのようだったのか聞いてはいなかったか、または覚えてはいないのか。とにかく記憶してはいない。先生の作品の中では、かなりインパクトが強いものとして私には深く印象に残り、9月になるとよくこの句が頭に浮かんでもいた。
 花の名前が気になって、女性の名前は印象外だったのか思い起せなかった。しかしながら女性の名前を句に入れること自体が異例で、その句にぴったり似合う名前だと感じたはずなのに、作品を紹介したいこの時に思い出せなかった。

 レイコだったかなあ。しかしレイコではちょっと固い印象だし、平凡だとも思える。彼女の名前を呼び掛けながら別れの言葉を告げて後、効果的にシーンを一転させるなんて流石に巧いと意表を突かれた。それは別離の言葉を余韻を残しながら彼女に言い放ち、翻すように身をかわした彼がふと目をあげて上を観ると酔芙蓉が咲いていたという。たったこの、十七文字の中に物語を作り出し、読み手の気持ちを波立たせるような内容を効果的に謳いあげていた。
 よく短詩形ではメタファ(暗喩法)に、花の名前や色名、その他いろいろの事象を使ったりして思いを広げる効果をもたらす。この時私は酔芙蓉の花の特徴を知らなかった。でも、何か不思議な衝撃があったのだった。
 そしてその句を思い出しつつも、その句の要と思える主人公の名前をやっと思い出せた。
 それが前出の句であった。


さよなら舞子 角を曲がれば酔芙蓉  和尾

 当時流行りでもあり、洒落た感じのこの「舞子」という名前はレイコより情緒的な雰囲気も加味され、若い美しい女性を想像できた。浪漫の香りと清廉な別れの舞台装置は完璧だった。それが危険な雰囲気の風さえ吹いてくるとなれば、選者や読者の心を遊ばせ楽しませるような、ゆとりや奥行きも感じ取れて、傑作のように思えて流石、先生だと思った。

 この句がきっかけで、酔芙蓉はどんな花なのか気になりだした。「芙蓉」は薄紅色のいかにも優し気で雅やかな花の様子で、夢見る少女を思わせる咲き姿だ。そしてそれは一日限りの時間を静かに咲き競う。
 母は若い頃から「芙蓉の芳せ」と幼い私たちにもよく伝わってくるような愛でかたをした。そのまま私の心にもコピーされるように、いじらしくて可愛い花だ思い込みが深くなっていった。
 この話題の「酔芙蓉」は朝は真っ白い色の花なのに時刻の流れに従い、少しづつピンク色に染まっていき、夕方から翌日にかけて萎んでいく頃にはもっと濃い紅色に染まっている。
 ひたすらに太陽の熱に酔い太陽を恋しいと思って染まるのか。その一日の色合いの変化は人の生きざまをなぞらえているように思うとさらに深い思いを抱かせてくれる。酔芙蓉が舞子だと取れるし、または別れた舞子ではなく新しい未来を酔芙蓉というメタファに助けを借りているのか。どちらでもよい気がする。
 人生は短い。一途に努力して学び、そして遊びの中からさえも種々の教えが潜んでいるから、心して生きよと言っているように思える。酔芙蓉は純真な心で熱心に生きることと励まし、忠告しているような気もする。我が庭の酔芙蓉は、私の誕生日、9月末辺りに満開の白い花と丸く赤い萎みが満足のハーモニーを奏でる。
 酔芙蓉を眺めては亡き母を想い、明日咲き揃う蕾を眺めては明日を楽しみに待っているのである。

(10年前の作品/平成19年9月1日発行28号に掲載した)

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by nagotu3819 | 2017-09-08 05:17 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(6)

「わたげ」を拾い読み ④ 蛇足も。 1992年5月 No.144

後の方に蛇足です。
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1992.5 No.144
東山教室 
課題「誘う」
菜の花ひらひら 誘われて真昼 そよぎ
霞む月 母に手紙を出すことに そよぎ
三日月を誘う無駄だと知りながら そよぎ
矢田教室 
案内板に誘われているわが遊び そよぎ
変換キーに誘われ昼も夜も そよぎ
信号のままに動くと人に当たる そよぎ

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誘いの電話の向こう眉の月 和尾
花の香に誘われ夢はこの程度 和尾
快晴に誘われている春の橋 和尾
思い出を誘うごとくリラの花 和尾




 東山教室 
席題「バス」
春風とバスを利用で東京へ そよぎ
回数券握って昼のバスに乗る そよぎ

無料バスのおばあさん乗せバスが出る 和尾
バスの窓 桜さくらと散り終える 和尾

雑詠「昴」選句一首
行く先もおぼろ 電車の客になる そよぎ
つり革というこれからも続く季節 和尾


※の印 あら~、ちっとも気づかなかったけれど
和尾先生は川柳の中で遊んで居られたのだわ。
お返事しているような、皮肉を言っているような…。
私以外の方にもそんな状態の言葉で
遊びつつ川柳を作っておられたのですね。

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1992.7.No.146
東山教室 
課題「アルファ」
ゆりかごに揺られていますアルファ波 そよぎ
足踏みの象の背中でアルファ波 そよぎ
アルファを期待していて落とされる そよぎ
矢田教室
目を閉じるアルファの波 見えてくる そよぎ
真っ白い帽子にアルファ七月に そよぎ
アルファの線上にいる迷い癖 そよぎ

αの飛沫よ梅雨の噴水塔 和尾
鳥舞わせα志向の空を見る 和尾
アルファとオルファは朝の触感で 和尾
迷ってα暗くてβ落とし物 和尾
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東山教室 
席題「電車」
スピード感それほどないのにもう着いて そよぎ
ふるさとの電車が走る絵とともに そよぎ
こんにちはさようなら電車は未来へと 和尾
カラー写真の中を走り抜けた電車 和尾

矢田教室 
席題「雑詠」
自転車が梅雨の頭で立ち尽くす そよぎ
有効な時転がして梅雨となる そよぎ
岬巡りのバスの乗客良く笑う 和尾
初夏に花咲いて大人も夢見がち 和尾

雑詠「昴」選句一句
あなたにも私にもある水ごころ そよぎ
汗吹いて坂の道いま踏みしめる 和尾

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1992.8 No.147
東山教室 課題「紙」
スペードとハートのA(エース)懐に そよぎ
コピー紙の反乱に遭う梅雨の中 そよぎ
騒音を紙に吸い取るムンクの絵 そよぎ
矢田教室
絵扇子のツユクサの青一人占め そよぎ
幸せは紙のパックに満タンだ そよぎ
アルバムにウィンクひとつ仕舞い置く そよぎ

席題「傘」
花柄を忘れ物して無地の傘 そよぎ
青春の折り畳み傘広げおり そよぎ

茶の傘を鞄に秘めて長い旅 和尾
人生というには傘の雨しずく 和尾

矢田教室 席題「鳴る」
メロディーにすぐ乗せられる朝の風 そよぎ
風鈴を困らす風に恋をして そよぎ
雷鳴やとらわれびとの群れにいる 和尾
烈火のごとき陽の翳で虫鳴きぬ 和尾


雑詠「昴」選句一句
夏の嘘 蛍生まれた話する そよぎ
てのなかのいちにちそれはあわきもの 和尾

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1992.9 No.148
東山教室 
課題「プロローグ」
発車ベル鳴って序章は雨の中 そよぎ
ヴィバルディ朝の一歩がはずみます そよぎ
快晴で白紙になったプロローグ そよぎ
矢田教室
歴史って繰り返すのねプロローグ そよぎ
プロローグはブラスバンドの長い影 そよぎ
風呂敷の包みから出すプロローグ そよぎ

プロローグにあったのは大雨注意報 和尾
プロローグから階段を降りている 和尾
挨拶は短く朝の停車場 和尾
雪雲湧いてそれ以後魚の匂い 和尾

席題「五」
五段目で一段飛ばす若さかな そよぎ
五周年我が家のキウイまだ生らず そよぎ
五番街のドラマを書いた夏の夜 和尾
暑中見舞いの束は薄くて五目飯 和尾
席題「蝉」
蝉しぐれ浴びて絵巻を紐解きぬ そよぎ
特急に乗ってしまった油蝉 そよぎ
樹液吸う姿のままで蝉は死に 和尾
斉唱する蝉の一生手のひらに 和尾

雑詠「昴」選句一句
ひとすじの決意 震える線を引く そよぎ
西に傾く半月ありて台風以後 和尾




その勉強しているときに小さな私の「川柳作品集」なるものを出版した。
自慢にはならないが、とても思い出深い一冊の本となった。



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「川柳の会のこと、いろいろ」
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by nagotu3819 | 2017-08-16 17:40 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(2)

僅か6年前なのに…

この二、三日は凌ぎやすくはなっているけれど
蒸し暑いことはやはり日本の夏と言えるか…。

日本画は日本の風土に合っているという。
この湿度の高い暑さは日本画、本彩色に適しているという。

日本画をヨーロッパやアメリカに持っていくと大気の湿度が
日本ほどではないから、膠で岩絵の具を使って彩色したものが
画面からずるずると…?か、ざらーっと…?か、
兎に角…、落ちてしまうのだと、ある美大教授から
学び始めた時の導入の言葉だった。

日本画は日本の絵画と言われる所以なのかと
衝撃を受けたことがあった。


そんな昔の話を思い出しながら、さらに違うことを…。
17年前、所属のサークルのためにblogを立ち上げたことがあった。
その会のblogで、2006年くらい前のところを開けてみた。
観ると、その時の懐かしい画像を拾いだして
再びこちらのページの方にアップしてみたいと思う。

e0228147_00321969.jpg

この妖しい花は知っているだろうか。
秋になれば赤い実をつけるあの花だ。
花の頃は夜にひっそり咲くので知らない人も多いが
秋になるとあのオレンジの目立った色で藪の所々に
ぶら下がっている、あの烏瓜の花だ。
e0228147_00321561.jpg
そしてこれ↑は、つい先ほど撮ってきたキカラスウリの花。
これは烏瓜よりも早い明るさのある時間に咲いてくれる。
この下の部分の花は、上の熱心にカメラで納めた頃の
咲き誇っている時間をキャッチした。
上の烏瓜よりも細い糸状のものは少なめである。


遠回りして散歩の際に撮ってみた。
そして、ついでに今のファッションを昔していたことを思い出し
その画像を、烏瓜の画像と共に取り出してみた。

今のファッションは、袖付け部分を開けたデザインのもので
肩を出したり背中の部分に穴を開けているデザインのものを見かける。


私は昔、長めのアームカバーと袖なしを組み合わせて着ていた。
それを探し出して散歩に着てみた。
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(散歩する緑道に向いて捨てた鏡が立てかけてあるのだ。)


今はアームカバーは腕の太さをカバーするための小道具だけれど…。


下は6年前にサークルとして楽しんでいた文学散歩会の面々で、
下見または野次馬的にピースボートを見学した時のもの。
ちょうど今、着てみたものだが、当時としては誰も
このようには着ていなかった大胆さがあったかな。
e0228147_00320170.jpg
上はピースボートの大食堂である。
大きなビルの中みたいにどっしりと15,6階くらい
あって船に居ることを忘れる。
プールからスポーツジム、大きな映画館やダンスのできる部屋や
講演講堂、素晴らしい豪華さでお酒を楽しむ場所…。

船の旅でお客は決して退屈しないように
色々のイベントを企画して時を過ごす豪華な客船内の見学だった。


明るい貴賓客室、一等船室、など見学して下の画像の部屋は
どのくらいの客室だったか。
多分一等船室くらいではなかったかと思われる。
画像の左手は海で明るいのである。
下の方の船室は暗くてベッドも蚕棚状という。
e0228147_02093350.jpg

横浜の波止場に停泊中のピースボート。
この見学の際、パスポートまたは身分証明証を提示する
必要があったことを覚えている。

この組み写真の下の部分は赤レンガと呼ばれる倉庫跡の
食堂部分で食事を楽しんだ。

これは2010年だったか…。
サークルの連絡用とか、役員の動向などを
blog開設したのは11年くらい前であった。

色々と多方面にも見分を広めたいと楽しんでいたころだった。
導いてくれる立場の方々は、それぞれにお年を召された。

勿論私も今よりは大分若かったなぁ。
でも元気すぎる二の腕だ。
今も改善していないのが悩みのタネ…。



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by nagotu3819 | 2017-08-13 01:56 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(2)

「わたげ」を拾い読み ③1992年2月 No.140

断捨離の気持ちから”そよぎ”作品と講師"和尾"作品を拾ってみて
捨てる前にもう一度読んでみようと思う。
懐かしく、またその時の心や、姿、若さを感じる。





1992年2月 140号掲載
東山教室 課題「雪」
白い朝はあなたとコーヒー飲んでいる そよぎ
白雪に埋めておいた思い出の二つ そよぎ
・紅葉がきれいと雪にダイヤルし そよぎ

足元の傷みな雪のせいにする 和尾
闇の夜に雪降りしきる軽い鬱 和尾
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矢田教室 課題「雪」
頂きに雪 過去と未来に化粧して そよぎ
夜半より偲ぶ 細かい雪が降る そよぎ
・絵本には何と嬉しい雪でしょう そよぎ

つぎに見ると霞んでしまう雪の峰 和尾
初雪にコーヒーカップあたためて 和尾
 

東山教室 席題「水曜日」
水色の煙の中で水曜日 そよぎ
・体調が順に整い水曜日 そよぎ

お休みをとるなら水曜日あたり 和尾
幻の世界を覗く水曜日 和尾 

矢田教室 席題「木曜日」
胃薬をニ服も飲んで木曜日 和尾
・階段を踏み外したり木曜日 和尾

三教室合同 嵯峨野へ吟行会
京都にてもみじを散らしつれづれに そよぎ
陽があたり柿の実三つ枯れ枝に そよぎ
京の秋 雲けちらして銀杏散る そよぎ
もみじの赤と南天の粒とわたくしと そよぎ
この秋に光るものあり嵐山 そよぎ

紅葉の全山を焼くわが眸 和尾
逃避行京都は眉を塗らすことも 和尾
竹林胸に千本竹刺さる 和尾
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1992年2月 141号掲載
新春合同勉強会 課題「言葉」
直線を引いて言葉は触覚に そよぎ
青い実のまなざし色は言葉から そよぎ
・青春記 炎の言葉散っている そよぎ

勇気あることばでひとを焦がすなり 和尾
大空にことばを溶かしはるのうた 和尾

雑詠
虫の音が聞こえてやめる落葉焚き そよぎ
・夢ばかり食べて窓辺のさくら草 そよぎ

快晴の真下だきみの声響く 和尾
ともだちの顔を観にゆく寒い朝 和尾

1992年3月 142号掲載
東山教室 課題「椅子」
あたためて居心地のよい措定席 そよぎ
食堂の木の椅子天気を予見する そよぎ
・富士山を眺める椅子を磨いている そよぎ

雪山光りそれはただただわが椅子より 和尾
流れ尽きぬ河をこの椅子と流れ 和尾
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東山教室 席題「北」
北からの鬼の顔は赤く染まり そよぎ
・北の空オーロラ恋し 涯の夢 そよぎ

旅人は北へ わたしも北へ向く 和尾
北から晴れて冬のいちにち身構える 和尾


雑詠
どっちみち軽く生きてる雲が浮く そよぎ

追い越してゆく風ありてそれも春 和尾


1992年4月 143号掲載
東山教室 課題「線」
人生に路線は引けぬと言いながら そよぎ
白線の内側で待ち続けるあなた そよぎ
・ママが書く細線上をお通りよ そよぎ

延々と線路は続きぼくの不安 和尾
本日快晴 われもジェットも線となりて 和尾

矢田教室 課題「線」
向こうっ気が強くて線の外が好き そよぎ
なんとまあ結び目きれいコンパスの線 そよぎ
・白線がだんだん褪せてオバタリアン そよぎ

わたくしをいじめにかかる針の先 和尾
間違いというには細い針の穴 和尾
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東山教室 席題「雛」
ご馳走は雛のおちょぼの口になる そよぎ
・お雛祭りの夢に埋もれる静かな夜 そよぎ

雛鳥の母を求めて転ぶなり 和尾
雛の瞳のいずこ見つめているのやら 和尾



人は生きてきた。
色々思い感じて、何か行動し右往左往してきた。
もう捨てても好いのだけれど、まだ生きているのだから
すっかり捨ててしまうことは勿体ないと思ったりする。




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by nagotu3819 | 2017-08-12 04:20 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(2)

「わたげ」を拾い読み ②1991年12月 139号

【特集ページ】に、私の作品が見つかった。

そうだ、こんな懐かしいこともあった…なんていう思い、
断捨離はなかなか進まない。

姉妹が揃って母が行きたいという中国へと旅立ったことがあった。
父が亡くなって独りとなってから10年くらい経ってからのことだった。

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わたげ139号
(毎号特集:一人だけpickupの川柳作品広場)

『花のまわりで』  そよぎ

母からの誘いで姉妹空の旅
母の背はピンと伸びてるジョギングシューズ
同胞の地よ 気楽さの中国へ

旅立ちは仏滅の日で台風一過
母七十二歳 思わず合掌 空の旅
降り立った北京の大樹雨に濡れ
隣国の言葉 親しむニイハオと

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流れゆく景色に私を置いてみる
並木みな巨木で緑のトンネルに
道覆う 槐(えんじゅ)の並木まばらな灯

クーニャンが案内する語 可愛ゆくて
陽を湛え何処まで続く柳の並木
自転車の通勤姿 トンボの群れ
アキアカネ万里の長城越えて飛ぶ
長城へ登ると古き人の息
北からの風は湿り気ウィグルが
王族の墓の後ろに民の影

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(万里の長城)

飯店(ホテル)の部屋割り 母と日替わりに
嫁ぎしも昔の姉妹 母娘なり
謝謝(シェイシェイ)と言えば「オハヨウ」とホテルマン
赤い壁ラストエンペラーの孤独癖
真白なる大理石踏む 惜しげなく
心模様ガラスに込めて輝ける

丸い壁回ってくる声そっと聴く
人間界 地獄と天界に挟まれて
西湖さざなみ三十六個の月の影
白檀の風に染められ 清ら風

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(天安門広場   天壇公園)


天国と固く約束 天壇公園
天国に届け温もりこの祈り
この世から届く近さに天がある
仏像を拝み亡き父 手の近さ
すれ違う日本の人か彼の国か
同族の親しみ持てる顔似てる

笑い声左の耳に今も残照




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(母 38歳 私14歳)



※中国の写真はインターネットから。

※母72歳とすると、私はこの時49歳ということになる。
句の中に72歳と記したことが期せずして明確となった。




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by nagotu3819 | 2017-08-08 05:30 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(4)


その時々の想いを趣味や日々の献立などを載せながら楽しくアップします。ブログ内の記事等の転用は管理人にご一報ください。


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