有難いことに、今回は72回目の誕生日を迎えました。
そして、有難いことに娘たち家族に祝ってもらいました。
色紙にお祝の言葉が並んでいます。
似たようなことを皆言っているんですけれど…
と、最年長の孫がそう感想も述べてはいましたが
心にしみる良い言葉が
並んでいました。
わが家族は、いつも「お揃い」となることが難しいので、
欠員二人出ましたけれど…。その日はお祝の言葉メールが飛び交います。72歳の誕生日おめでとう!まだ100歳になるまで30年もあるね。
実際100歳になって、多少衰えても健康的に見える人がいるから大丈夫。
そうなることを望んでいるけれど車椅子や寝たきりにならないでよ。
もしそうなったら、介護してやらないよ。(♂)
生きるということがこんなに素晴らしく、かつ大変なことだということを、
この歳になってしみじみ感じ入っています。
長生きしてくださいよ。(♂)
逆説的に言う人と…
胸に迫る言葉と…
最近同い年の方が苦しんでいらっしゃいますので、
私も気弱になっていました。
ありがとう、心にこもった目に見えないけれど
大切なものを身一杯に受けていました。
色紙にことばを書いてくれた面々が居ります。
主にこの誕生祝いの企画は、毎年長女家族がしてくれています。
今年は妹家族にお願いしようと長女が相談したのだけれど、仕事に縛られていて無理が利きません。
それで私の誕生日その日にお祝会ができなかったのは当然としても、都合のつく人たちだけが集まり、開くことができて本当に幸せです。
72歳に思うことは
自分に正直に暮らして参りたいと思います。
私の性格では自分を折ってしまって周囲、背後に気を払うことが優先して、なかなかうまく自分を表せてはいません。
結構好きなことを思うままにしているように受け取られがちですが、実は表現力が乏しくて、50%は裏へ隠してしまいます。
それが私らしいといえばそれまでですけれど、自己評価は物足りない自分が居ます。
「私らしく」ということが、とても難しいことで一生の課題となるのでしょうか。やはり父母の願いがそこにあることを意識しますね…。
時に流されていてゆらり~ゆらり~は、楽なんですよね。
ちなみにこのブログでのプロフィールー自己紹介の言葉は、「私は“わたくし”でしかないのですから、時に流されるままに生かされていきたいのです。」。
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