<   2016年 06月 ( 9 )   > この月の画像一覧

ALBUM 桂離宮から修学院離宮参観②

念願の京都の離宮参観の旅が実現した。
それも京都に土地勘のある親友との旅。
じっくりと落ち着いた雰囲気の中での旅であった。
パック旅行ではなく新幹線の利用とホテルを設定しただけの
コースで、あとは自分たちの自由さがある旅。
またまた、いい旅であった。
e0228147_23323236.jpg
宮内庁からの参観許可は
桂離宮が14:30で、翌日修学院離宮は9:00という
指定の許可が下りた参観である。
両日ともワクワク、胸が躍った。

昨日の桂離宮の質素な中にも和風そのものの美しさを備えて
修学院離宮は広い土地とその形状を活かした
自然の中に自分を置いて楽しむような、そして
心の充実を図れるような造りがあちらこちらに散りばめられて
ず~~っとこの中に自分を置いておきたいような感覚に…。

e0228147_23324860.jpg
e0228147_23330404.jpg
区切りというようにコースを進むと
小さな引き戸や開き戸があり案内する宮内庁の女性の方が
開けられて、次の説明がある。
そしてその区域が一巡りしてまた元の扉に戻るのだが、
先ほど開け放しのまま前に進んだのに、
必ず開けはなしたままの扉はきちんと閉じられていた。
e0228147_23333413.jpg
案内の方ばかり見ていたのだが、この一団の最後尾に
もう一人の宮内庁職員が影武者のごとくで、
案内する職員とペアを組んで居られたことを
いくつか回っているうちに気づいた。

桂離宮では区切りの扉は修学院離宮ほどはなかったので、
そのことに気づいていなかっただけだったかも
知れなかったが、桂の方はゴロ石や置石以外は
足を踏み込まないでの注意ありで、
修学院よりは小ぢんまりしていたのに、
足はかなり疲れた印象だ。
e0228147_23334849.jpg
e0228147_23340334.jpg
お庭、水の風景、東屋とは言えないがところどころの建物は
かなりの贅をつくし、ひと時を楽しんで居られた皇族の方々…。
e0228147_23341586.jpg
かなりの高低差のあるコースで日差しもきつくなり
Kちゃんは疲れてしまったのだった。
彼女は後から行くからと言われていたのだが
そうするのがご自身の好みかと思ったので、
私は案内する職員のそばについて歩いていただけだった。
(私たちはそれぞれの好みを尊重にすることを互いに
モットーにしていたから単に受け入れたのだったが…。)

Kちゃんが日差しなどで疲れて気分が悪くなって
後ろについていた理由も時におありだったということに
全く気づかなかったのだから、自分ながら呆れた。
e0228147_23342876.jpg
修学院から銀閣寺、哲学の道と歩いてかなり疲れを感じた。
哲学の道筋で格好のコーヒー店を見つけたので
ゆっくり腰を下ろして疲れを取った。
疲れ具合がちょうど年相応であったので
同い年同士の旅は気楽だ。
「疲れたね」と気楽に言えることも、いいね。
また日差しが強く照り付けたなかで
歩いたことも一層疲れを感じたようだったけれど。

手作り風ケーキの美味しかったこと、
そして十分休憩できて、
またが出てきた。

e0228147_23344574.jpg

広隆寺に行って弥勒菩薩に会い、千手観音に会って行こうと
いうKちゃんの提案があり、喜んで広隆寺へ。

仏像の写真はもちろん撮れないのでちょっとお茶目に
弥勒菩薩の姿、手の先を真似てみたが、
畏れ多いことでその神々しさは
凄いと一層強く思った。

かつて京都でお住い時代に、
彼女は何度もこちらの弥勒菩薩に会い、
千手観音にも合わせてお詣りし
じっくりと仏像群らと語った時も持たれたようだった。

こういうひと時は何とも言えない…そう、
万物の落ち着きと心の平安が
得られたような温かい雰囲気に包まれていた。

e0228147_23345930.jpg
e0228147_23351180.jpg
そしてはるか昔、高校時代の修学旅行以来の
三十三間堂にも足を延ばして
すごい数の仏像にもお詣りした。
中には、自分によく似た顔立ちの仏像にも
出会えることがあるようだ。

庭で二人づれの親子らしい人をお見かけしたが
日本人ではない顔立ちなのに日本語を上手に話しあいながら
写真を取り合っていたカップルに出会った。
ドイツだったか、スイスだったか?
聞いたのにいい加減な記憶になっていたけれど。

e0228147_23352590.jpg
そしてあとどこへ行こうときょろきょろしていたら、
目視できるまっすぐ向こうにまたお寺が見えてきて
それは智積院であった。
二日続けて歩き、実は疲れてきていた。

こんな近くに有名なお寺に出会ったと嬉しく思い
そこを訪れ見学することにした。
裏庭には今紫陽花が花盛りで見事だった。

e0228147_23354074.jpg
e0228147_23355953.jpg
e0228147_23361757.jpg
強行軍とは言わないが、高齢者となった我々はだんだん疲れが
募ってきていたので、ここでもお茶した。


e0228147_23364032.jpg
良い旅だったねと、満足、満足である。
でも疲れも出るね。

いつも1万歩以上歩いてもこんなには
疲れないのに、あちらこちらを見ながらなので
疲れも余分に出るようだ。

日ごろの散歩の成果は少しは出ているだろうけれど
たくさん歩いたなぁ。
土井の漬物店が開いているお食事店は
漬物、デザートなどバイキングにもなっていて
私たちは気に入って、こちらで二回の夕食タイムを
摂ったのだった。
次の京都訪問にもここで食べたいと思っている。









☆pageTop☆



[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-29 10:30 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(4)

ALBUM 桂離宮から修学院離宮参観①

高校時代の思い出と
宮内庁の参観許可証を持っての京都旅行です。
このたびはいろいろ書きたいのですが
少々忙しいので、写真だけにしてみようかと試みる
ことにしました。

(忘れたくないから後で書き足すかもしれない…。)
「桂離宮に行った気分になりたい人のための写真ツアー」が、
行った人が「そう、そう」と思い出すのにも大変良い
サイトを見つけたので参照までに→ここ
e0228147_02204649.jpg
桂離宮の笹竹の葉を組んだ珍しい垣根です。
生きた竹をそのまま組んで垣にしているとのことでした。

e0228147_02245973.jpg
e0228147_02253114.jpg
e0228147_02260002.jpg
e0228147_02263651.jpg
e0228147_02271287.jpg
e0228147_02275042.jpg
e0228147_23315977.jpg
e0228147_23320861.jpg
e0228147_23321954.jpg
出発の朝はザアザアぶり、
しかし午後は日傘を差すほどのお天気にもなって、
ややれやれと思いつつ
離宮見学のもうすぐ終わるというときに
また通り雨にも見舞われた。

仲良しの友は昔京都に住んだこともあり
全く昔の記憶のままの私から比べると
断然頼もしい案内を頂いた。
















☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-28 00:55 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(4)

恩師に会えた日と、友達と再会できた日

今年、90歳になられるMinagawa先生。
先生は英語の先生で、その後中学校長に栄転されて
あちらこちらに転勤されたけれど、
私たち教え子は先生を慕い、有り難いことに先生もまた
私たちを思い出多い生徒と思ってくれていると感じていた。
何せ、先生にとって教え子を初めて卒業させ、
送り出したのが私たちだったのよネ。

Ayaちゃんから突然連絡を受けた。
2012,2015年のころのクラス会に出席されなかった
Ayaちゃんの今を心配された先生はAyaちゃんを訪ねて
バス電車を使ってお宅まで行かれたのだという。

Ayaちゃんはそのとき生憎留守をしていて
置手紙により先生がいらっしたことを知ったという。
申しわけなくて先生に急に会いたくなった、
悪いけれどSayちゃん付き合って下さいと言われて
私で良いのかと嬉しく思い、一緒に出掛けたくなった。

Ayaちゃんは大きな手術を受けて
生きるか死ぬかの不安な時のクラス会通知だったので
出席してクラスメイトには会いたくなかったのだと言う。
そんな状況を後でを知った先生はいつかAyaちゃんに
会いに行かなければと
落ち着いてはいられなかったらしく、
頑張ってAyaちゃんのお宅まで出かけられたという。
幸いAyaちゃんは今ではお元気になられて、
どこにもお出かけできるようになられた。
e0228147_23543622.jpg
私は田舎の中学校から中学3年5月にこのマンモス校に
転校したのだ。
白黒の写真は私が転校したばかりのころの写真だ。
母も若かったなぁ~。

1年もせずに受験をする切羽詰まった年頃だが、
田舎育ちのノンビリ屋で長子、競争心のなかった私は
勉強をしなくてはならない時期と知りながら、小説を夢中で読んだり
手芸に気を取られて仕上げたい一心になったり、
宿題など先にやらねばならないことは後回しにして
母を心配させては、よく叱られたものだった。

学校に近かった私の家にMinagawa先生は
夏休みにふらりと家庭訪問をなさって私は慌てたものだった。
同級生が「6」やるならば、学科の内容が遅れていた
今までの環境だったから「7」でも「8」でも
余分に励んだら問題はない、
軽く皆さんに追いつけられるはずだから…、
などと励ましてくれたことを思い出した。

とにかく面倒をかけたのは、受験の年齢なので
先生も気が気ではなく、
夏休みも気になる生徒の訪問をせずには
いられなかったことだろう。
おかげさまで、何とかなってきたと言えるのだけれど…。


2015.9.4
「M先生の叙勲おめでとう」で恩師へお祝いお届けのとき
e0228147_17145123.jpg




***


e0228147_23523154.jpg
他県にお住いの Yさん( )が遠路はるばる
うちの近くまで訪ねて来て下さった。
ご希望を聞くと、M新都心が良いと言われたが、そこは
隣のM区なので詳しくないけれど結構かかわりを持っていたし
もちろん初めてではないから、少しはわかってもいた。
更にこの地に関係のある知人に聞いて下見もできたので、
ご案内も気が軽くなりおかげさまであった。

2,3年前にできた新しい’E-モール’にも
ご希望があったので出掛けてみた。
e0228147_23525245.jpg
ロボットが瞬きをしながら何かお尋ねですかと
聞いてくれるのでこの広いモールの、
K.M駅まで行くバス停はどこかと訊ねたり…。
e0228147_23530513.jpg
前日に教えていただいた24Fのお店T.でお昼を頂きながら
ゆっくりお話し…。個室になっているので静かだった。
Yさんとはもうずいぶん前に会ったきりの長いお付き合いで
今度会ったら、アルコールを頂きましょうとの
約束を交わしていたけれど、
朝の小雨模様でマイカーで来てしまっていた。
だから、アルコールは頂けないので申しわけなかった。

e0228147_23532408.jpg
このレストランの窓から眺めた風景や
その辺りの下からの目線をキャッチしてみた。
雨は上がっていたけれど、どんよりとした暗さの中で…。

それが食事を済ませたころから青空を見せてくれ
さらに日焼けが気になるような日差しさえ
見せるようになった。
梅雨の晴れ間というところだ。

e0228147_23540773.jpg
また会いましょうねと、改札口付近で別れた。
乗り換えもなく朝の電車は便利だったと言われた。
そして帰りの電車も調べてこられて便利な時間を
選んで帰られた。
一直線の電車もあるとか、何だかとても近いような
錯覚があって以前よりも断然親近感が生まれた。

またお目にかかれることでしょう…。







☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-26 01:16 | 交友録 | Trackback | Comments(4)

クラス会「歩く仲間」参加 ②

河口湖畔にある河口湖ハーブ館で
押し花の葉書、栞作りをしました。
e0228147_10005238.jpg
そのあと
湖畔を散策していると、「湖上の女神」のブロンズ像がありました。
長崎の平和の像に作風が似ていると思い、
説明文を読んでいたら、そこに北村西望の名前がありました。
またその反対側には、河童の夫婦も
こちらは気取らない感じで二人並んでいました。


下は押し花で葉書と栞を完成してみました。
e0228147_02463168.jpg
押し葉の材料をセットしてあり、当日バス旅行に参加の
人数分が用意されていました。
こうしたメニューも今回の幹事の方3人の
お骨折りで組んでくれていました。
なかなかアイディアを駆使してその3人の特徴を
出してコースを用意されていました。

一泊目は熱海駅からシャトルバスで運ばれ、
着いたホテルは少し遠く歴史を感じるようなものでした。
二泊目は駅の近くのホテルで、「一日のお疲れを取り除いて」
というように、ビールは飲み放題というものでした。
お料理はバイキングで、アルコールも用意。
私は中ジョッキでビール二杯をゆっくりと飲みました。
e0228147_10014142.jpg
翌日、朝食後自由散策となり、ここに集まった
皆さんは別れを惜しんで解散することと
なりました。

また二年後は大分~別府方面で逢いましょうと
幹事役の紹介があって
生徒の皆さんとはここで別れたのでした。

また、元教師仲間は15時の新幹線まで
ご一緒に行動しましょうとのプランです。
ホテルでのチラシによって『ハーブ&ローズガーデン』に
スーツケースを駅前のロッカーに預けて
行くことにしました。


小高い丘の上に一気にバスで運ばれて
丘を下りながら出発点に戻って行くのです。
道々、美しく咲いている花を見て、
海の見える風景を眺めて歩き出しました。
バラは咲き初めの美しさをやや過ぎて
二度目に咲きだしたような感じでした。
今や紫陽花などの花が「これから私の番です」というように
控えて咲きだしていました。
e0228147_09543886.jpg
イングリッシュガーデンやフランスの香りのバラの庭
クライミングローズガーデン(蔓バラを使ってアーチにまとめた庭)、
中にはプロポーズガーデンなどと
命名したお花畑もありました。


e0228147_12332827.jpg
ぐるりとお花を観賞して、
ここではやはり新鮮なお魚豊富という土地柄です。
「ぜひお寿司を」と望まれた仲間の要望で
握りを注文して、おいしく頬張ったあと、
あっという間にお別れの時間に…。

また新幹線でそれぞれに
上り列車、下り列車の乗客となって、別れ別れの方向に
向けて旅立って行きました。






☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-19 23:08 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

クラス会「歩く仲間」参加 ①

熱海から忍野八海、富士山五合目

クラス会としては場所的に広がりのある仲間たちの
クラス会です。
元教師4人で参加させてもらいました。
一昨年は島根県玉造温泉から出雲大社など観光し
私には二回目の土地、山陰でした。
今回は関東地方に。
開催地は熱海ということになりました。
次回は九州・宮崎~別府ということに
決まりました。

「歩く仲間」というクラス会の命名は
卒業時の写真アルバムのタイトルでした。
生徒の皆さんは、それぞれ一つところには止まらないで
女性ばかりなのに歩き続けて
多方面で自立していくのだという気持ちが表れています。
それぞれが経済的にも夫に頼ることなく
立派に生活を送っているからこそ、結構遠い開催地でも
41人中22人の参加者も有りでした。
今回も多い参加と感じます。

e0228147_12312458.jpg

こちら元教師は、相談しながらクラス会の集合時間に
間に合うならその時間にはやや早い時間に
集合地の熱海をブラつこう…ということになりました。

集合はホテルに15~18時というので、
ゆっくりとその辺りを散策し、我々元教師仲間は
2か月ぶりの顔を合わせて
溜まった話をしましょうということになって、
名古屋や東京から11時過ぎに熱海に集まることにしました。

e0228147_12313171.jpg
いつも元生徒の名前を聞いては○○さん? ▽△さん?と
訊ねながら呼んでしまっているのは、申し訳ないと思いつつです。

それでも「O先生」と呼んでくれて慕ってくれているのね、
なんて…、生徒には内緒にしたいような話です。
もう、絶対に忘れないと思っているのはShimizuさん、
もともと忘れてなかったのはKondouさん、Hatukoさん、
Imaiさん、Yamakawaさん…くらいでした。
それなりの学び舎での逸話を持っている場合は忘れないですが、
在職3年間という短さの上に
働きながら忙しく勉学に励んでいる高校生の年頃の生徒と
私も結婚、出産などと忙しいし、どちらも手を抜くことが
出来なかったころでした。
ただひたすらに前を向いて走っていた時期に居ました。

私の場合可もなく不可もなくと過ごして
これといった思い出、強く印象に残ったということは
あまり無かったのです。
結局、それは幸せな部分で生徒からは
本物のお嬢様育ちの女性とか、羨望が憧れに変わったとか、
卒業したら先生のファッションを参考にお洒落したいなどと
ほめ言葉のオンパレード。
私にもそんな時期があったようで…と、独り懐かしんでいました。
e0228147_12314205.jpg
夕飯のお料理は食べきれないほどでした。
翌日の朝はバイキング。
見晴らしの良い最上階での食堂で楽しみました。
その日は忍野八海、富士山5合目、河口湖方面まで
観光バスをチャーターしており、参加人員に拠りバス代は
決定ですが、21名で一人だけ先に帰って行きました。

e0228147_12315520.jpg
忍野八海のあくまでも澄んだ水を見て富士の凄さを知ったことでした。
e0228147_12320968.jpg
私の子供ではないかと思えるほど、よく似ている生徒も
笑っています。

e0228147_12321899.jpg
富士山5合目では朝あんなに良い天気で見晴らしも良かったのに
見晴らし台のある富士山5合目ではわずかに、下顎?くらいを
見せてくれただけでした。

e0228147_12322833.jpg
神社にお参りしているときに富士山は少しだけ
姿を見せてくれただけ…。
結構富士の姿を見るのは、今頃の時期難しいのです。
見えただけ良かったと思いました。
河口湖のハーブ館で押し花の葉書づくりに
挑戦しましたが、面白かったけれど、大分センスの問われる
葉書づくりでした。
思ったほどはうまくいかなかったという印象だけ
述べておきましょう。














☆pageTop☆


More 
[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-17 20:51 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

絵画協会主催ーはがき絵展

中学時代の恩師高瀬先生は今も現役で
いくつかお持ちの絵画教室で指導していらっしゃる。

先生は絵だけではなく、書道もお得意だ。
先生にはがきを書きたくっても
先生にお手紙を出すのは身構えてしまいがちだ。
そして筆不精というか、億劫に思えてくるのだった。
電話ならその心配もなくいつの間にかこちらに偏ってしまうし、
お手軽な方を使ってしまうのだった。
e0228147_02171251.jpg
色紙の様に仕立てて絵を描き、文字を散らせる絵画作品は
先生の作としては、珍しい気がする。


e0228147_02181645.jpg
うまく作品の味が写真に収められなかったが
「やまふじ」も先生の作品でその二点を出品されていた。

実は昨年はどうしたものかこの「はがき絵展」の
ご案内が届かなかった。

一昨年あたりは、この展示会に恩師の渋谷先生もお誘いして
友だち3、4人と出かけたこともあった。
確か渋谷先生が久し振りに会った私たちに
お昼をご馳走してくれると張り切ったご様子でお元気だった。
その渋谷先生はなんと哀しいことに
昨年お独りで眠るように亡くなってしまわれたと聞いている。

高瀬先生は渋谷先生より確か1、2歳くらいは年上で
95歳くらいだったと思っている。
90歳を過ぎると少しご無沙汰すると
その後のことが気になってしまう。



その他の作品は先生のサークルで絵を楽しんでおられる
生徒さんの作品。
私の好みでいくつか選んで写真に撮っただけで
他にも多くの作品が展示されていた。

e0228147_02363087.jpg

今年は、ご案内はがきが届いたので、ホッとして電話を
かけてみたのであった。
お元気そうなお声で以前と全くお変わりない様子で
電話口でお話しされた。

実は、○○日に友だちの Kちゃん、Aちゃん、そして妹も
伺うと申しておりますので、ぜひ先生にお会いしたいのです、
○○日の先生のご都合は如何でしょうか…と。

e0228147_02163129.jpg
とにかくお元気な声であったこと、
お話も、耳が遠くなったりせず全く昔のままであったので、
とても嬉しく思ったのだった。
私たちは先生のご都合を考えて
それより少し早く待ち合わせて昼食を一緒に摂り
作品展をひとしきり鑑賞していました。

やがて先生がお出ましになって足取りはやや遅くは
なられて、現在たぶん95歳くらいのはずだし、
驚くべきことには自転車にも乗っていらっしゃるという。
e0228147_02365651.jpg
先生は「情けないことに家で炬燵に躓いて肋骨を骨折してしまった」
と言っておられた。
治療には何か月かの入院を余儀なくされたとのことだった。

それで、昨年は作品展のご案内が無かったんだと
納得したのであった。
そしてなんと私たち四人に「お土産…」と言われ
封筒を四つ差し出された。

先生が言われるにはこの中のはがき絵は
先生が描かれたがちょっぴりずつ違うのだとのこと。
そこで、子供時代に戻って
じゃんけんで誰が先に封筒を選ぶのか順番を決めたのだった。

私がじゃんけんでは一番に勝ったのだけれど
封筒に入っていたものは見えないので
どれも同じという感覚で選びようがない。
だれだ!?じゃんけんでということにしようだなんて…。
(じゃんけんで勝っても意味がないじゃないの…)と
勝った者だけが感じる不満を心にしまい込んで選んだ。
先生はそうして私たちが喜びながら
競うような心を楽しんでおられるようだった。

開封して、それぞれを見比べると、
それぞれに美しく素晴らしい味を含み備えていたのは
さすがなものであった。

先生どうもありがとうございました。







☆page‐Top☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-15 06:20 | 趣味・作品展・朦朧 | Trackback | Comments(6)

青森へ文学散歩② 太宰を訪ねて

明治の大地主、津島源右衛門(作家太宰治の父)が
建築した入母屋造り、和洋折衷で明治40年6月に落成する。
どっしりとした重厚感が特徴。
国定重要文化財建造物に指定されている。
米蔵に至るまで青森ヒバを使い、階下13室2階8室
付属建物や泉水を配した庭園など合わせて宅地約680坪の豪邸。
e0228147_22570442.jpg
太宰はこの家を「苦悩の年鑑」の中で
「この父は、ひどく大きな家を建てた。
風情も何も無い、ただ大きいのである。」

芦野公園の登仙船岬の太宰文学碑には
太宰が生前好んで口にしたと言われる
選ばれてあることの 恍惚と不安と 二つわれにあり
とヴェルレーヌの一説が刻まれている。
(残念ながら今回は見ていない)

また、上の写真のご飯は太宰が好んだという、
納豆にイクラを混ぜたものです。
試しに食べてみましたが、
ご飯に混ぜるよりはイクラを別にして
食べる方がおいしいと思いました。
(これこそ好みですね。)

e0228147_22572288.jpg
上は旧津島家新座敷で太宰が疎開して暮らした家です。
はじめ、太宰の兄、文治夫婦の新居として建てられたといいます。

太宰が作家として暮らした現存するものの唯一の家となります。
奥の間の火鉢に座卓が置いてある部屋で執筆したと言われています。
「パンドラの座」「苦悩の年鑑」「親友交歓」「冬の花火」
「トカトントン」など数々の作品をここで書いたそうです。
e0228147_22581134.jpg
昭和17年5月に太宰は奥さんを伴って金木に
帰って来たそうです。
リンゴの花が真っ白に咲いていて岩木の頂の雪と裾野の花と…
綺麗で印象深い風景と残ったことでしょう。
e0228147_23002843.jpg
岩木山は方向や角度によって様がよく変わりますので
追っ掛けて写真に収めました。
雪解けが始まると頂上が女の横顔に見えると
いうことになっているそうです。

今がちょうど空を仰いだ横顔に見えます。
e0228147_23004543.jpg
修学旅行の生徒たちでいっぱいの
大広間で食べきれないほどの
バイキングの夕飯でした。

下は朝ごはん。やはりバイキング。
今関東では遠(トオ)に咲き終わってしまった
牡丹が咲いていました。
e0228147_23010729.jpg
ここは南田温泉、ホテル アップルランド。
私たち五人はまっすぐに岩木山が見える
素敵なお部屋でした。

でも到着したときは午後。
西日が当たり、部屋がふわ~っと暖かで
冷房装置もすぐに利かないで
不満に思いましたが、朝になると岩木山の様子で
一番素晴らしい部屋を当てがって
下さったのだとわかったような気になりました。
e0228147_23012737.jpg
そして弘前に降り立ちました。
弘前大学の資料館を目指してまいりましたら、
この日は日曜日で、休館となっていまして
がっかり!
e0228147_23014392.jpg
資料館はあきらめて、太宰が国立弘前高等学校
文科甲類に入学した際に、全寮制の彼が体が弱いとの理由で
母の縁故の酒造を家業とした家に下宿されたのでした。
そこが「太宰治まなびの家」です。
弘前大学から地図をたどっていったので
かなりわかりにくく大周りをしてしまいました。
ここでも太宰はかなりのお坊ちゃまぶりの様子でした。
e0228147_23020245.jpg
従兄弟である酒造家業の長男がコダックのカメラを
持っていて、太宰がそのモデルとなったというので、
若いころの写真が結構残っていました。

お得意のポーズは右手をあごの辺りに置いて
澄ましている事のようでした。

e0228147_23024331.jpg
太宰は蓄音機を持っていて、友達が遊びに来ると
蓄音機の置いてある所を舞台に見立て
芝居のようなこともして披露したそうです。

お得意のマントもこの部屋にかけてあります。
押入れの上の横に渡した柱には数学の方程式の
鉛筆書きが残っていました。

カメラを持っている従兄弟は京大に進み
蓄音機を持っていた太宰は東大に進学しました。
当時の学生にしては贅沢なことですし、
文学好きな太宰は自分で投資の同人誌を
発行したというのです。
好きなことができた大学生で、
よくいう貧乏学生の状況とはかなり掛け離れて
居たのです。

e0228147_17255453.jpg

太宰治が15歳の多感なころに、尊敬していた
芥川龍之介が自殺したニュースがあり、
これからの生き方そのものに大きな影響を及ぼしたとの
説明がありました。

これは太宰がやがては自殺願望に陥いる道に
迷い込んだという道筋を推し量ることができます。

以前東京文学散歩会で行ってみた「銀座ルパン」と
いうバーで6脚しかなかったスタンドの髙椅子を
落札したとの説明だったけれど…。
椅子の細工がやや違います…、けれど黙って頷きました。

ずいぶん自分勝手な心中未遂をする人という刻印は
太宰の印象となりました。
女性のみが亡くなり太宰が生き残るという
結果も二回ほどあり、それは望んでのことでは無いに
違いないし、本人は死にたいと思っているのに
ひとり遺されてしまうということは
運命のいたずらなのか…。

死にたかったら心中ではなく一人で自殺を
選択できなかったのかなと思います。

けれど太宰はこのような環境で、
プロレタリアに浸透していったので父親の得る
その嫌っていた収入源で、尻ぬぐいという後処理を
してもらい助けてもらいながら、
甘えん坊の人間性となったのか…
といって差し支えないように思えるのです。

身勝手な考え方をする太宰は、
見方によっては純粋で生きることに懸命であったために
自殺に到達するしかなかったということになるのかしらと
その生きざまを理解できないままに、
太宰の神髄というか本心に近づきたいと
自分なりに純粋すぎたと、そうあって欲しいと
願っている私に気づきます。

e0228147_23033004.jpg
人間一生懸命になればなるほど
堂々巡りをしてしまい、一歩外から客観的に判断すれば
正しく前向きな判断を下せたでしょうに。

思い切ったことができるのは作家であるからでしょうか。
「自殺と作家」は一つの流行、カッコよさなんていう
方向に安易に考えてきたのでは…という
観察をしてしまったのは甘やかされた太宰だからと
思い切って言ってしまうのは変だろうか…。
そしてそれは浅はかな見方であろうか。
死ということは軽く考えられないものでしょうから。

人の生き方はその人なりの満足感であろうと
思いますが、もっと明るい展開を
期待して生きたいと思いながら…、
私たちは太宰のお得意のポーズを真似て
この記録に収まってみたのです。

e0228147_23035747.jpg
それから弘前城へまいりました。
このお城は曳家の技術を活かして天守閣を移動していました。
カメラは電池切れで、映像の記録はおしまいです。

映像が残ってないと思い出も不確かになるものです。
映像があると、もうかれこれ一か月も前になることでしたが
思い出されるものなんですね。
移動した弘前城の下方向に八重桜が咲き残り
お城越しに岩木山が見事に目の奥にありました。
軽く過去のことと頭の中の映像から消え去って
居ませんでしたが、いつまで残ってくれるのかしら。
永久に残るような気もしないではないのですが
電池切れは何とも残念です。
これで秋田青森方面の旅行記は終わります。











☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-10 12:12 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(4)

青森へ文学散歩に① 五能線と太宰

ずっと以前からの計画の東北・青森旅行です。
飛び入りの叙勲のことがあったけれど、
運よく計画通りにできました。
楽しみにしていた幼友達に対して申しわけないと
謝らなくても良かったとホッとしました。
実はこの度は私がここに行きたいと
言い出しっぺでした。

e0228147_23154165.jpg
いつものメンバーです。
気の置けない家族のような心地さえする
私たちです。

東京から東北新幹線、そして秋田駅から五能線に乗って
窓の風景を楽しみました。
e0228147_19532400.jpg
ウェスパ椿山という日本の駅ではないような
駅名の駅に降り立ち黄金崎の温泉を楽しみました。

こちらはメンバーの提案によってです。
とてもいい温泉でした。
温泉自体、私は好きだという気持ちを持ち合わせていませんが、
それでも、生まれて初めて
この温泉が心から気に入りました。

そういえば、やはり同じメンバーで5,6年前だったかも知れませんが
秋田の「乳頭温泉」の露天風呂も良かったです。
たぶん季節が秋だったことも良かったのでしょう。
サア~ッと風が山の斜面をなでるように吹くと、
楡の枯れ葉がまるで大きな雪のような静かな降り方で
お湯一面を覆ったのでした。
白い湯面に枯れ葉が、そして私たちの体にも降り注ぐ…、
自然の中に身を委ねた感じが何とも言えず感激でした。

e0228147_23285438.jpg
ここの温泉は鉄分がたっぷりでお湯の色も鉄さび色です。
女性はインフォメーションで
緑色のバスタオルを借りそれで
身を包み混浴露天風呂を楽しむことができます。

海を見ながらの露天風呂(ひょうたん型)と、
ちょっと小さい女性だけのお風呂の二つが設置。
この写真は女性だけのお風呂です。

我ら同級生で、高齢者です。
立派なおばあさんと世間では言われています。
まあいいじゃないと、最初は誰もいなかった混浴露天風呂に
女性集団で入りました。

e0228147_03424661.png
(↑これはネットから借りました)


夕日の色に染まる黄金崎の不老ふ死温泉では
大きな混浴露天風呂の方を利用しました。

しっかりと不老ふ死温泉につかり、
海風に当たりつつですから温泉で、のぼせることもなく
お肌がつるつるすべすべを実感しながら
ゆっくりと入っていましたら、
男性が後から入ろうとしてギョッとしたのでしょうか。
仲間の一人が、立ち止まるような振る舞いの方に
「どうぞ、どうぞ」と勧めます。

海を臨むこの入浴施設は
女性風呂とこの混浴風呂しかないため、
男性は入浴を楽しむには、この混浴しかないのですもの!
やっぱり女性だけが先取りされていると
どんな男性でも立ち止まるのは当たり前でしょう。

e0228147_19542343.jpg
帰路はウェスパ椿山駅までホテルの送迎バスに乗ります。
JR五能線の旅はまだ続き五所川原駅まで参ります。
e0228147_19544562.jpg
なぜウェスパなどの言葉が、椿山駅の前についているのか…、
「ウェ」はウェスト(西)と「スパ」スプリング(温泉)の
意味を表したくて合成語を付け足したのですって。

e0228147_19545851.jpg
リゾートしらかみは、絶景ポイントで速度を落として
運転してくれます。
(岩舘駅~大間越駅付近、深浦駅~広戸駅、千畳駅付近)

e0228147_19551498.jpg
鯵ヶ沢駅から五所川原駅間で津軽三味線の生演奏の
イベントサービスがありました。

また別の駅で津軽弁語り部のイベントもありましたが
私たちは1号車、語り部は土日で最後部車両で、
五所川原から弘前に向かうときにアナウンスされていました。
e0228147_19553740.jpg
1号車のリザーブをしていましたので
真ん前で津軽三味線の生演奏も堪能できました。
五所川原から津軽鉄道に乗り換えです。
お手洗いに行きたいと乗換駅で申し出ましたら
その方たちを待っていて発車です。
乗車する人も少なくそのくらいの融通は利きます。
金木駅までコンパニオンの方も乗り合わせてくれました。
e0228147_19560791.jpg
↑五所川原から津軽鉄道に乗り換え        
岩木山の頂上の模様が時と場所に寄り明らかに違います。
金木駅に降り立った時の岩木山は左右対称で
富士山のようで、津軽富士と言われています。
太宰治は富士山よりも岩木山は女性的だと
小説に書いています。なるほどと頷けました。

さて金木に降り立ち、ところどころの矢印マークを進みますと
太宰治の記念館「斜陽館」に間違いなく到着します。

e0228147_19562044.jpg
玄関の衝立からお庭、多くの使用人を使っていたらしく
広々とした台所や部屋、立派できらめく仏壇やら
廊下の鴬張り、襖絵など贅を尽くして当時の面影を
見せつけておりました。

e0228147_22561382.jpg
「思い出」など太宰の日記風の作品につながる箇所に
この部屋なのかとか、この農村地区に似合わぬ
ハイカラなシャンデリアや階段の手すりの凝りようは
11人兄弟の下から二番目であった太宰は
なぜこのような生き方になるのかの疑問など直に見て
知ってしまうとその境遇に甘んじて居られない
ような心境になるのだろうと理解できます。
秀才で、天才と名高く成績優秀な人であればあるほどに…。

e0228147_22562653.jpg
e0228147_22565022.jpg
みんなでお揃いの写真を撮ろうとちょうど一回りして
靴をはいておられる少年?にカメラのシャッターを押してと
お願いしました。
とても純粋なそして幼いような感じの男性でしたので、
高校生なのかと判断できましたが、
もし間違うといけないとちょっと上の年齢で尋ねました。

「大学生ですか?」
「文学部?」
などとそんな感じで質問をいたしましたら
彼ははにかみながら頷いたのでした。
年齢を低く見なかったことでホッとしました。
何か背丈もそれほど大きくはなくて、本当に高校生か
または大きめの中学生の様子に見受けられました。
そんな些細な事ではありますが、東北の風を感じました。












☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-08 11:11 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

ある日の偶然

娘たちからの何かの記念プレゼントに
C.D.の腕時計をもらっていた。
久し振りに着用しようかと取りだしたら
当たり前なのだが電池は切れてしまって
動いていなかった。
そこで、近くのホームセンターJ.Hondaで
電池交換をしようかと持ち込んだら、
外国製の時計は電池を取り寄せないとできないので
一か月は待って頂きたいという。
時計は代わりがあるけれど、思い立ったら吉日と
どうしてもこの日に交換したいと
少し遠いが駅前まで出かけた。
そして駅前の時計屋で難なく電池交換ができた。
そして行きつけの喫茶店でしばらく休んでから
徒歩で4000歩近くの距離を歩いて帰って行った。
途中図書館や公民館も寄って
市から出ているパンフレットを拝見、
興味あるもののパンフをピックアップした。
そして母校の前のバス停から降りる人影を
何気なく見ながら歩を進めたが、
しゃれたお帽子の夫人が横断歩道ではないところを
横切ろうとなさった。
(あ!あの方は知っている人だわ)と声をかけてみた。
「T・ka・u・iさん!」
私を認めてもピンと来ない様子だったけれど
すぐに「あら!」と思い出してくれて
私の名前を呼びながら戻ってくれた。
彼女は今年80歳の大台に乗られた模様ですが
いつもお洒落さんで若々しい。
e0228147_18090554.jpg
彼女は「この辺はおしゃべりするところがないのよ、
わが家に来ない?」と
誘ってくださったけれど、確かに近くを考えてみたが
「適当なところは無いですねぇ」である。

つい昔の親しさからお邪魔することにした。
文学散歩にも参加されたこともあったし、外房線のある駅に
珍しいイベントのニュースで二人揃って出かけたこともあった。

そもそもの始まりは母の入院中での出会いだった。
T.さんはご主人のために母と同じ病院の食堂で
食事介護されていて、会う度に笑顔を交わしていた。
お互いにいつの間にか親しくなって
お家まで知るようになっていったのだった。

長いことキャリアでお勤めになって
いらしていたということも分ってきていた。
ご主人が母より先にお亡くなりになり、
お線香をあげさせていただいたことにもなった。
それ以後の6年間くらいは、ご無沙汰していたけれど
どうしていらっしゃるか、ずっと気にはなっていたのだった。

良かった~。
お変わりなくお元気だった。
そしてコーヒーや果物、ワッフルを出していただき
おしゃべりしてから彼女は「お夕飯を付き合って…」と言われた。

「おそばを食べたいの」とのことで、ずっと以前中学時代のN君が
「あそこのお蕎麦屋さんはおいしいよ」と、教えてくれた
裏通りのお店を思い出した。
お蕎麦屋に一人では行き難かったので、
そのままで行かなかったけれど、
お邪魔したお宅の近くだったのでそこを提案してみた。

なんとそこの天ぷらそばを注文したのだが
まず天ぷらを温かいうちに召し上がれというように
おそばより先に出されたのだ。
e0228147_18434566.jpg
先客は二人。
それぞれおひとりで食事をしていらした。
その先客の女性と話すきっかけが、
とても自然でとても不思議なめぐり合いを感じた。

彼女は「私はバイオリニスト」と自己紹介なさって、
たったいま出来立ての名刺があるからと見せてくださった。
四種類のデザインだったが、一つ頂けるかと訊ねてみたら
気安くどうぞと下さって、私は二種類を選ばせていただいた。
そして私の連絡先も交換したのだった。

上の写真の左の掌の写真をご覧なさいませ。
小指がなんと節の線が4本あるー「これは生まれる前から
私をバイオリニストにしていたのよ」と言われた。
なかなか個性的な魅力と人懐っこさで感じの良い方。
彼女の妹さんはドイツの方と結婚していて
彼女のパートナーは昨年亡くなられたという。
その後もドイツ滞在を続けておられるフルート奏者だという。

ブログにアップの許可を得て早速
ここにご紹介することにしました。









☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-06 19:11 | 交友録 | Trackback | Comments(2)


その時々の想いを趣味や日々の献立などを載せながら楽しくアップします。ブログ内の記事等の転用は管理人にご一報ください。


by そよぎ

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

最新のコメント

♣rabbitさん、ごき..
by nagotu3819 at 10:37
やはり桜は美しいですね。..
by rabbitjump at 09:40
♣ shizuo7f さ..
by nagotu3819 at 01:53
そよぎさん、綺麗に咲いて..
by shizuo7f at 16:53
♣rabbitさん、ごき..
by nagotu3819 at 13:30
↓お友達のお家もお部屋も..
by rabbitjump at 10:33
♣weloveaiさん、..
by nagotu3819 at 23:26
スキンが外房の一宮海岸に..
by weloveai at 15:42
♣oshibanaさん、..
by nagotu3819 at 11:44
おはようございます。 ..
by oshibanayoshimi at 05:54

最新の記事

桜とランチ・デート
at 2017-03-15 23:32
桜だより(修善寺寒桜)と月の..
at 2017-03-13 04:20
しばらく! Mrs.Tiny..
at 2017-03-10 23:22
スマホで遊ぶ
at 2017-03-08 01:55
私は怠け者なんですゥ~(2月..
at 2017-03-06 11:06
プラチナエイジの幕開け
at 2017-02-04 23:40
食事摂取の羅列記録(横1列・..
at 2017-01-31 22:10
乾燥し過ぎ?!
at 2017-01-29 13:25
誕生日メッセージ
at 2017-01-27 23:57
古いものは捨てなければ…
at 2017-01-25 22:42
明けて徐々に(私の啓蟄かしら)
at 2017-01-22 04:40
今日の月(小寒)
at 2017-01-06 00:41
2017年あけました  【年..
at 2017-01-03 16:54
あけましておめでとうございます
at 2017-01-01 17:47
終わり好ければ…ですよね
at 2016-12-31 23:59

外部リンク

ライフログ

以前の記事

2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
more...

ファン

カテゴリ

全体
今日の手帳
趣味・作品展・朦朧
短詩・つぶやき
旅・散歩:食事
今日の献立
健康・エクササイズ
交友録
私の原風景
カメラの目
memo
覚書

メモ帳

検索

最新のトラックバック

新しい年に贈る言葉
from dezire_photo &..
箱根・山のホテル
from dezire_photo &..
詩集から
from 優しい時間 2匹のヨ-キ-..
nagotuさん 詩集より
from 優しい時間 2匹のヨ-キ-..

記事ランキング

ブログジャンル

シニアライフ
関東

画像一覧