カテゴリ:旅・散歩:食事( 28 )

クラス会「歩く仲間」参加 ②

河口湖畔にある河口湖ハーブ館で
押し花の葉書、栞作りをしました。
e0228147_10005238.jpg
そのあと
湖畔を散策していると、「湖上の女神」のブロンズ像がありました。
長崎の平和の像に作風が似ていると思い、
説明文を読んでいたら、そこに北村西望の名前がありました。
またその反対側には、河童の夫婦も
こちらは気取らない感じで二人並んでいました。


下は押し花で葉書と栞を完成してみました。
e0228147_02463168.jpg
押し葉の材料をセットしてあり、当日バス旅行に参加の
人数分が用意されていました。
こうしたメニューも今回の幹事の方3人の
お骨折りで組んでくれていました。
なかなかアイディアを駆使してその3人の特徴を
出してコースを用意されていました。

一泊目は熱海駅からシャトルバスで運ばれ、
着いたホテルは少し遠く歴史を感じるようなものでした。
二泊目は駅の近くのホテルで、「一日のお疲れを取り除いて」
というように、ビールは飲み放題というものでした。
お料理はバイキングで、アルコールも用意。
私は中ジョッキでビール二杯をゆっくりと飲みました。
e0228147_10014142.jpg
翌日、朝食後自由散策となり、ここに集まった
皆さんは別れを惜しんで解散することと
なりました。

また二年後は大分~別府方面で逢いましょうと
幹事役の紹介があって
生徒の皆さんとはここで別れたのでした。

また、元教師仲間は15時の新幹線まで
ご一緒に行動しましょうとのプランです。
ホテルでのチラシによって『ハーブ&ローズガーデン』に
スーツケースを駅前のロッカーに預けて
行くことにしました。


小高い丘の上に一気にバスで運ばれて
丘を下りながら出発点に戻って行くのです。
道々、美しく咲いている花を見て、
海の見える風景を眺めて歩き出しました。
バラは咲き初めの美しさをやや過ぎて
二度目に咲きだしたような感じでした。
今や紫陽花などの花が「これから私の番です」というように
控えて咲きだしていました。
e0228147_09543886.jpg
イングリッシュガーデンやフランスの香りのバラの庭
クライミングローズガーデン(蔓バラを使ってアーチにまとめた庭)、
中にはプロポーズガーデンなどと
命名したお花畑もありました。


e0228147_12332827.jpg
ぐるりとお花を観賞して、
ここではやはり新鮮なお魚豊富という土地柄です。
「ぜひお寿司を」と望まれた仲間の要望で
握りを注文して、おいしく頬張ったあと、
あっという間にお別れの時間に…。

また新幹線でそれぞれに
上り列車、下り列車の乗客となって、別れ別れの方向に
向けて旅立って行きました。






☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-19 23:08 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

クラス会「歩く仲間」参加 ①

熱海から忍野八海、富士山五合目

クラス会としては場所的に広がりのある仲間たちの
クラス会です。
元教師4人で参加させてもらいました。
一昨年は島根県玉造温泉から出雲大社など観光し
私には二回目の土地、山陰でした。
今回は関東地方に。
開催地は熱海ということになりました。
次回は九州・宮崎~別府ということに
決まりました。

「歩く仲間」というクラス会の命名は
卒業時の写真アルバムのタイトルでした。
生徒の皆さんは、それぞれ一つところには止まらないで
女性ばかりなのに歩き続けて
多方面で自立していくのだという気持ちが表れています。
それぞれが経済的にも夫に頼ることなく
立派に生活を送っているからこそ、結構遠い開催地でも
41人中22人の参加者も有りでした。
今回も多い参加と感じます。

e0228147_12312458.jpg

こちら元教師は、相談しながらクラス会の集合時間に
間に合うならその時間にはやや早い時間に
集合地の熱海をブラつこう…ということになりました。

集合はホテルに15~18時というので、
ゆっくりとその辺りを散策し、我々元教師仲間は
2か月ぶりの顔を合わせて
溜まった話をしましょうということになって、
名古屋や東京から11時過ぎに熱海に集まることにしました。

e0228147_12313171.jpg
いつも元生徒の名前を聞いては○○さん? ▽△さん?と
訊ねながら呼んでしまっているのは、申し訳ないと思いつつです。

それでも「O先生」と呼んでくれて慕ってくれているのね、
なんて…、生徒には内緒にしたいような話です。
もう、絶対に忘れないと思っているのはShimizuさん、
もともと忘れてなかったのはKondouさん、Hatukoさん、
Imaiさん、Yamakawaさん…くらいでした。
それなりの学び舎での逸話を持っている場合は忘れないですが、
在職3年間という短さの上に
働きながら忙しく勉学に励んでいる高校生の年頃の生徒と
私も結婚、出産などと忙しいし、どちらも手を抜くことが
出来なかったころでした。
ただひたすらに前を向いて走っていた時期に居ました。

私の場合可もなく不可もなくと過ごして
これといった思い出、強く印象に残ったということは
あまり無かったのです。
結局、それは幸せな部分で生徒からは
本物のお嬢様育ちの女性とか、羨望が憧れに変わったとか、
卒業したら先生のファッションを参考にお洒落したいなどと
ほめ言葉のオンパレード。
私にもそんな時期があったようで…と、独り懐かしんでいました。
e0228147_12314205.jpg
夕飯のお料理は食べきれないほどでした。
翌日の朝はバイキング。
見晴らしの良い最上階での食堂で楽しみました。
その日は忍野八海、富士山5合目、河口湖方面まで
観光バスをチャーターしており、参加人員に拠りバス代は
決定ですが、21名で一人だけ先に帰って行きました。

e0228147_12315520.jpg
忍野八海のあくまでも澄んだ水を見て富士の凄さを知ったことでした。
e0228147_12320968.jpg
私の子供ではないかと思えるほど、よく似ている生徒も
笑っています。

e0228147_12321899.jpg
富士山5合目では朝あんなに良い天気で見晴らしも良かったのに
見晴らし台のある富士山5合目ではわずかに、下顎?くらいを
見せてくれただけでした。

e0228147_12322833.jpg
神社にお参りしているときに富士山は少しだけ
姿を見せてくれただけ…。
結構富士の姿を見るのは、今頃の時期難しいのです。
見えただけ良かったと思いました。
河口湖のハーブ館で押し花の葉書づくりに
挑戦しましたが、面白かったけれど、大分センスの問われる
葉書づくりでした。
思ったほどはうまくいかなかったという印象だけ
述べておきましょう。














☆pageTop☆


More 
[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-17 20:51 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

青森へ文学散歩② 太宰を訪ねて

明治の大地主、津島源右衛門(作家太宰治の父)が
建築した入母屋造り、和洋折衷で明治40年6月に落成する。
どっしりとした重厚感が特徴。
国定重要文化財建造物に指定されている。
米蔵に至るまで青森ヒバを使い、階下13室2階8室
付属建物や泉水を配した庭園など合わせて宅地約680坪の豪邸。
e0228147_22570442.jpg
太宰はこの家を「苦悩の年鑑」の中で
「この父は、ひどく大きな家を建てた。
風情も何も無い、ただ大きいのである。」

芦野公園の登仙船岬の太宰文学碑には
太宰が生前好んで口にしたと言われる
選ばれてあることの 恍惚と不安と 二つわれにあり
とヴェルレーヌの一説が刻まれている。
(残念ながら今回は見ていない)

また、上の写真のご飯は太宰が好んだという、
納豆にイクラを混ぜたものです。
試しに食べてみましたが、
ご飯に混ぜるよりはイクラを別にして
食べる方がおいしいと思いました。
(これこそ好みですね。)

e0228147_22572288.jpg
上は旧津島家新座敷で太宰が疎開して暮らした家です。
はじめ、太宰の兄、文治夫婦の新居として建てられたといいます。

太宰が作家として暮らした現存するものの唯一の家となります。
奥の間の火鉢に座卓が置いてある部屋で執筆したと言われています。
「パンドラの座」「苦悩の年鑑」「親友交歓」「冬の花火」
「トカトントン」など数々の作品をここで書いたそうです。
e0228147_22581134.jpg
昭和17年5月に太宰は奥さんを伴って金木に
帰って来たそうです。
リンゴの花が真っ白に咲いていて岩木の頂の雪と裾野の花と…
綺麗で印象深い風景と残ったことでしょう。
e0228147_23002843.jpg
岩木山は方向や角度によって様がよく変わりますので
追っ掛けて写真に収めました。
雪解けが始まると頂上が女の横顔に見えると
いうことになっているそうです。

今がちょうど空を仰いだ横顔に見えます。
e0228147_23004543.jpg
修学旅行の生徒たちでいっぱいの
大広間で食べきれないほどの
バイキングの夕飯でした。

下は朝ごはん。やはりバイキング。
今関東では遠(トオ)に咲き終わってしまった
牡丹が咲いていました。
e0228147_23010729.jpg
ここは南田温泉、ホテル アップルランド。
私たち五人はまっすぐに岩木山が見える
素敵なお部屋でした。

でも到着したときは午後。
西日が当たり、部屋がふわ~っと暖かで
冷房装置もすぐに利かないで
不満に思いましたが、朝になると岩木山の様子で
一番素晴らしい部屋を当てがって
下さったのだとわかったような気になりました。
e0228147_23012737.jpg
そして弘前に降り立ちました。
弘前大学の資料館を目指してまいりましたら、
この日は日曜日で、休館となっていまして
がっかり!
e0228147_23014392.jpg
資料館はあきらめて、太宰が国立弘前高等学校
文科甲類に入学した際に、全寮制の彼が体が弱いとの理由で
母の縁故の酒造を家業とした家に下宿されたのでした。
そこが「太宰治まなびの家」です。
弘前大学から地図をたどっていったので
かなりわかりにくく大周りをしてしまいました。
ここでも太宰はかなりのお坊ちゃまぶりの様子でした。
e0228147_23020245.jpg
従兄弟である酒造家業の長男がコダックのカメラを
持っていて、太宰がそのモデルとなったというので、
若いころの写真が結構残っていました。

お得意のポーズは右手をあごの辺りに置いて
澄ましている事のようでした。

e0228147_23024331.jpg
太宰は蓄音機を持っていて、友達が遊びに来ると
蓄音機の置いてある所を舞台に見立て
芝居のようなこともして披露したそうです。

お得意のマントもこの部屋にかけてあります。
押入れの上の横に渡した柱には数学の方程式の
鉛筆書きが残っていました。

カメラを持っている従兄弟は京大に進み
蓄音機を持っていた太宰は東大に進学しました。
当時の学生にしては贅沢なことですし、
文学好きな太宰は自分で投資の同人誌を
発行したというのです。
好きなことができた大学生で、
よくいう貧乏学生の状況とはかなり掛け離れて
居たのです。

e0228147_17255453.jpg

太宰治が15歳の多感なころに、尊敬していた
芥川龍之介が自殺したニュースがあり、
これからの生き方そのものに大きな影響を及ぼしたとの
説明がありました。

これは太宰がやがては自殺願望に陥いる道に
迷い込んだという道筋を推し量ることができます。

以前東京文学散歩会で行ってみた「銀座ルパン」と
いうバーで6脚しかなかったスタンドの髙椅子を
落札したとの説明だったけれど…。
椅子の細工がやや違います…、けれど黙って頷きました。

ずいぶん自分勝手な心中未遂をする人という刻印は
太宰の印象となりました。
女性のみが亡くなり太宰が生き残るという
結果も二回ほどあり、それは望んでのことでは無いに
違いないし、本人は死にたいと思っているのに
ひとり遺されてしまうということは
運命のいたずらなのか…。

死にたかったら心中ではなく一人で自殺を
選択できなかったのかなと思います。

けれど太宰はこのような環境で、
プロレタリアに浸透していったので父親の得る
その嫌っていた収入源で、尻ぬぐいという後処理を
してもらい助けてもらいながら、
甘えん坊の人間性となったのか…
といって差し支えないように思えるのです。

身勝手な考え方をする太宰は、
見方によっては純粋で生きることに懸命であったために
自殺に到達するしかなかったということになるのかしらと
その生きざまを理解できないままに、
太宰の神髄というか本心に近づきたいと
自分なりに純粋すぎたと、そうあって欲しいと
願っている私に気づきます。

e0228147_23033004.jpg
人間一生懸命になればなるほど
堂々巡りをしてしまい、一歩外から客観的に判断すれば
正しく前向きな判断を下せたでしょうに。

思い切ったことができるのは作家であるからでしょうか。
「自殺と作家」は一つの流行、カッコよさなんていう
方向に安易に考えてきたのでは…という
観察をしてしまったのは甘やかされた太宰だからと
思い切って言ってしまうのは変だろうか…。
そしてそれは浅はかな見方であろうか。
死ということは軽く考えられないものでしょうから。

人の生き方はその人なりの満足感であろうと
思いますが、もっと明るい展開を
期待して生きたいと思いながら…、
私たちは太宰のお得意のポーズを真似て
この記録に収まってみたのです。

e0228147_23035747.jpg
それから弘前城へまいりました。
このお城は曳家の技術を活かして天守閣を移動していました。
カメラは電池切れで、映像の記録はおしまいです。

映像が残ってないと思い出も不確かになるものです。
映像があると、もうかれこれ一か月も前になることでしたが
思い出されるものなんですね。
移動した弘前城の下方向に八重桜が咲き残り
お城越しに岩木山が見事に目の奥にありました。
軽く過去のことと頭の中の映像から消え去って
居ませんでしたが、いつまで残ってくれるのかしら。
永久に残るような気もしないではないのですが
電池切れは何とも残念です。
これで秋田青森方面の旅行記は終わります。











☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-10 12:12 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(4)

青森へ文学散歩に① 五能線と太宰

ずっと以前からの計画の東北・青森旅行です。
飛び入りの叙勲のことがあったけれど、
運よく計画通りにできました。
楽しみにしていた幼友達に対して申しわけないと
謝らなくても良かったとホッとしました。
実はこの度は私がここに行きたいと
言い出しっぺでした。

e0228147_23154165.jpg
いつものメンバーです。
気の置けない家族のような心地さえする
私たちです。

東京から東北新幹線、そして秋田駅から五能線に乗って
窓の風景を楽しみました。
e0228147_19532400.jpg
ウェスパ椿山という日本の駅ではないような
駅名の駅に降り立ち黄金崎の温泉を楽しみました。

こちらはメンバーの提案によってです。
とてもいい温泉でした。
温泉自体、私は好きだという気持ちを持ち合わせていませんが、
それでも、生まれて初めて
この温泉が心から気に入りました。

そういえば、やはり同じメンバーで5,6年前だったかも知れませんが
秋田の「乳頭温泉」の露天風呂も良かったです。
たぶん季節が秋だったことも良かったのでしょう。
サア~ッと風が山の斜面をなでるように吹くと、
楡の枯れ葉がまるで大きな雪のような静かな降り方で
お湯一面を覆ったのでした。
白い湯面に枯れ葉が、そして私たちの体にも降り注ぐ…、
自然の中に身を委ねた感じが何とも言えず感激でした。

e0228147_23285438.jpg
ここの温泉は鉄分がたっぷりでお湯の色も鉄さび色です。
女性はインフォメーションで
緑色のバスタオルを借りそれで
身を包み混浴露天風呂を楽しむことができます。

海を見ながらの露天風呂(ひょうたん型)と、
ちょっと小さい女性だけのお風呂の二つが設置。
この写真は女性だけのお風呂です。

我ら同級生で、高齢者です。
立派なおばあさんと世間では言われています。
まあいいじゃないと、最初は誰もいなかった混浴露天風呂に
女性集団で入りました。

e0228147_03424661.png
(↑これはネットから借りました)


夕日の色に染まる黄金崎の不老ふ死温泉では
大きな混浴露天風呂の方を利用しました。

しっかりと不老ふ死温泉につかり、
海風に当たりつつですから温泉で、のぼせることもなく
お肌がつるつるすべすべを実感しながら
ゆっくりと入っていましたら、
男性が後から入ろうとしてギョッとしたのでしょうか。
仲間の一人が、立ち止まるような振る舞いの方に
「どうぞ、どうぞ」と勧めます。

海を臨むこの入浴施設は
女性風呂とこの混浴風呂しかないため、
男性は入浴を楽しむには、この混浴しかないのですもの!
やっぱり女性だけが先取りされていると
どんな男性でも立ち止まるのは当たり前でしょう。

e0228147_19542343.jpg
帰路はウェスパ椿山駅までホテルの送迎バスに乗ります。
JR五能線の旅はまだ続き五所川原駅まで参ります。
e0228147_19544562.jpg
なぜウェスパなどの言葉が、椿山駅の前についているのか…、
「ウェ」はウェスト(西)と「スパ」スプリング(温泉)の
意味を表したくて合成語を付け足したのですって。

e0228147_19545851.jpg
リゾートしらかみは、絶景ポイントで速度を落として
運転してくれます。
(岩舘駅~大間越駅付近、深浦駅~広戸駅、千畳駅付近)

e0228147_19551498.jpg
鯵ヶ沢駅から五所川原駅間で津軽三味線の生演奏の
イベントサービスがありました。

また別の駅で津軽弁語り部のイベントもありましたが
私たちは1号車、語り部は土日で最後部車両で、
五所川原から弘前に向かうときにアナウンスされていました。
e0228147_19553740.jpg
1号車のリザーブをしていましたので
真ん前で津軽三味線の生演奏も堪能できました。
五所川原から津軽鉄道に乗り換えです。
お手洗いに行きたいと乗換駅で申し出ましたら
その方たちを待っていて発車です。
乗車する人も少なくそのくらいの融通は利きます。
金木駅までコンパニオンの方も乗り合わせてくれました。
e0228147_19560791.jpg
↑五所川原から津軽鉄道に乗り換え        
岩木山の頂上の模様が時と場所に寄り明らかに違います。
金木駅に降り立った時の岩木山は左右対称で
富士山のようで、津軽富士と言われています。
太宰治は富士山よりも岩木山は女性的だと
小説に書いています。なるほどと頷けました。

さて金木に降り立ち、ところどころの矢印マークを進みますと
太宰治の記念館「斜陽館」に間違いなく到着します。

e0228147_19562044.jpg
玄関の衝立からお庭、多くの使用人を使っていたらしく
広々とした台所や部屋、立派できらめく仏壇やら
廊下の鴬張り、襖絵など贅を尽くして当時の面影を
見せつけておりました。

e0228147_22561382.jpg
「思い出」など太宰の日記風の作品につながる箇所に
この部屋なのかとか、この農村地区に似合わぬ
ハイカラなシャンデリアや階段の手すりの凝りようは
11人兄弟の下から二番目であった太宰は
なぜこのような生き方になるのかの疑問など直に見て
知ってしまうとその境遇に甘んじて居られない
ような心境になるのだろうと理解できます。
秀才で、天才と名高く成績優秀な人であればあるほどに…。

e0228147_22562653.jpg
e0228147_22565022.jpg
みんなでお揃いの写真を撮ろうとちょうど一回りして
靴をはいておられる少年?にカメラのシャッターを押してと
お願いしました。
とても純粋なそして幼いような感じの男性でしたので、
高校生なのかと判断できましたが、
もし間違うといけないとちょっと上の年齢で尋ねました。

「大学生ですか?」
「文学部?」
などとそんな感じで質問をいたしましたら
彼ははにかみながら頷いたのでした。
年齢を低く見なかったことでホッとしました。
何か背丈もそれほど大きくはなくて、本当に高校生か
または大きめの中学生の様子に見受けられました。
そんな些細な事ではありますが、東北の風を感じました。












☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-06-08 11:11 | 旅散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

楽しく嬉しく…良い想い

「今日は、私にご馳走させてね…」と
友だちYさんの思わぬプレゼントでした。
e0228147_23572365.jpg
なぜ、なぜ? 理由を聞くと、
一昨年お亡くなりになった御身内の
持ち株がひょんな額となった。
これは全く当てにしていなかったし、あぶく銭のようなもの。
是非それでご馳走させて欲しい…、と言われるのです。

この日は天気予報が最悪で延期しようと提案したのですが
Yさんは全く受け付けてくれませんでした。
挙句の果てには、メールで「ぷん、ぷん」と延期の提案に
ご立腹の様子です。

Yさんは何でもやんわりと受け止める方で、
どうしたのかしらと思いながら
約束の時間に、やや遅れるというメールを出しつつ
強い風が突然襲って傘を“おちょこ”にしてしまいながらも
懸命に駆けつけました。
遅れて到着の私を、お二人はニコニコと迎えてくれたのです。
そして冒頭の言葉を言われたのでした。

私は以前52階のこのホテルを利用したことを思い出して
「18階に佳いレストランがあるわ」とその意外な提案を
素直に受け止めご馳走に預かる
心算となりました。

本当は京都料理に行きたかったけれど、予約客で満席でした。
それならと、中国料理の「梨杏」(りんか)に。

ご馳走してくださるという言葉に甘えた訳ではありません。
初めに、これこれの金額程度のご馳走をします、という
はっきりした目安を言われましたので、
こちらもすっきりとそれに載せて頂いたのです。

e0228147_02400191.jpg

土日祝の限定という「北京ダックコース」に。


前菜
たらば蟹入りふかひれスープ
ビールを注文し…、
北京ダック
e0228147_23370977.jpg
海老とアスパラガスの炒め
浅蜊と青菜のブラックビーンズソース
香港点心師の点心三種盛り
ホウレン草入り炒飯
梨杏(りんか)デザート


どれも本当に美味しかった…!!
ほんとうにご馳走さまでした。

「私の代わりに亡きお方へお線香をあげてくださいね。
Yさんには、いつも気にかけて頂いて心からお礼申し上げます。
今日のご馳走と言い旅のお土産と言い、いつも心配りをありがとう。」
「私こそ、素直に気持ちを受けてくれる人はそんなに居ない
からねぇ。貴女を素敵な友だちと思っています。私の方こそお礼を
言います。6月の楽しみの為、お互いに体に気を付けようね。」
「真っ直ぐに嬉しく頂いてしまう私です。幸せそうな Yさんは
私も見ていて嬉しいんです。突然お亡くなりになってしまった
お身内にもありがとうを言いたいのです。」
「心の中で言ってやってください。Muさんも喜ぶから。」
「電話で聞いた生前のMuさんのお元気な声が、
まだ耳に残っています。」

Yさんはこんなことも言いました。
私のご近所の皆さんに、こういう話題や気持ちを伝えたいと
思っても、返ってやっかみの対象にされてしまう、
噂の種にされてしまうのが、関の山と見ている。
黙って内緒にして、静かにしているのが一番だ…と。


***


そしてがらりと話題が代わります。
こちらも、いつも楽しいおしゃべりがご馳走の方です。
でもこの度は、趣きが違っていました。
グループ活動で、少々“困ったチャン”が居られるとのことで
創設会員として、かなり頭を痛めておいででした。
眠れないくらい、すっきりしなかったとのこと。

e0228147_18044651.jpg

なんとかグループ活動のルールを分かって貰いたいのに
分かっては貰えないような“困ったチャン”なんです。
遂に、リーダーが意を決してルールを指導するように
詰め寄ったというのです。
他の皆がその方の行動に困っているのだからと、
リーダーがやや悪者に思われたとしても伝えなければと、
言わなければ仕方ないことだという気持ちのようでした。

はっきりと攻撃の的になったので、
私の友だちはかえって“困ったチャン”に
同情の気持ちが生まれました。
でも講師の先生もリーダーの気持ちと同じで
それについて何も口出しはしませんでした。
“困ったチャン”がその会を辞めてしまうのではないかと
私の友だちは心を痛めておられたのです。

リーダーは態度を改めて貰えなかったら、“困ったチャン”が
辞めても良いと最悪の事態を考えて意見をしたと
言ったとのことでした。
次の勉強会に“困ったチャン”は
どうするのでしょうか。

この話題を持ち込んだ友だちはとても素直で
育った環境も良い方とお見受けしています。
だから、日頃困った人だと思っていても
その人の気持ちになってしまい心を痛めるんですね。
でも、会の運営はひとりを捨てても一線を守らなければ
ならない時があるのですものね。







☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-04-19 07:03 | 旅:食事:散歩 | Trackback | Comments(6)

台北の休日②

第三日目

龍山寺(艋舺龍山寺)

1738年、福建省泉州から渡来した人々によって福建普江安海龍山寺の
分霊として創建された。
台北市内で最古の寺院であり、国家古蹟であるとともに、
台北101、故宮博物院、中正紀念堂と並ぶ
台北市の「四大外国人観光地」とされている。
艋舺清水巌・大龍峒保安宮と並ぶ「台北の三大廟門」と言われている。
(ウィキペディアから)

e0228147_05214713.jpg
e0228147_05062657.jpg
台北市最強のパワースポットと呼ばれる龍山寺(ロンサンスー)。

観光客が訪れるだけでなく、台湾の方々も
熱心に参拝している有名なお寺。
このお寺には。ありとあらゆる神様が祀られていて
オールマイティのお寺としても知られている。

特に若者に人気のあるのは12番目の神様「註生娘娘」、安産担当の神様。
そして19番目の神様「月下老人」も良縁の神様として人気がある。
(インターネットから)



その後もやはり移動は地下鉄を使う。

スマホで地図を確かめながら…この旅のコンダクター任せで
大変申し訳ないと思いつつ、こちらは大船に乗せて頂いて
迷うことなく快適な台北街歩きであった。


これからアニメの世界へ
子どもたちへのプレゼントの企画もパパはちゃんと盛り込んで…。
キティちゃんのレストランで可愛いパンや食事も
ちょっと豪華に楽しんだ。
パンの底面はキティちゃんの焼き印が可愛く着けてあったり、
また、トイレの婦人用は豪華な休憩用長椅子が
設置され鏡にはキティちゃんが描きこまれていたりと、
至る所キティちゃん一色で、満たされていた。

e0228147_05064773.jpg
そしてジォウフェン(九份)へ

宮崎駿のアニメ「千と千尋の神隠し」の
モデルになった場所という噂もあり、日本人観光客への
知名度が高まった九份という場所に行った。
しかしモデルになったということは、
ジブリ・宮崎により公式に否定されているらしい。

忠孝復興駅付近のsogoデパートで、二度目の両替をしてから
バス停を探したがちょっと離れているところにあって
付いて行くだけの私たちは暢気だったが、
コンダクターのやや焦り気味の歩き方には
思いやりつつも付いて歩くしかないという思い。

何しろバスなので、決まった線路の上を行くしかない
電車とは違う。
路線や九份への表示など確認に神経を使うMさんの心が…。
(頑張って…)と密かに心だけの後押しだけなのだけれど。
e0228147_05073999.jpg


約1時間半バスに揺られて、九份に着く。

ここはむかし台湾の一寒村に過ぎなかったそうだ。

19世紀末に金の採掘が開始されたことに伴い徐々に町が発展し、
日本統治時代、藤田組によりその最盛期を迎えた。
九份の街並みは、日本統治時代の面影を色濃くとどめており、
路地や石段は当時に造られたものであり、酒家(料理店)などの
建物が多数残されている。(ウィキペディアから)


e0228147_05083084.jpg


そしてまた時代の波により寒村となったが、
映画の舞台となったりで、台湾では1990年代初頭に

九份ブームが起こった。
そしてジブリのモデルにもなったという噂で

日本人観光客が増えたという。

家に帰り、孫の持っている「千と千尋の神隠し」を
DVDで見せて貰ったのだが、なるほどこういうところが
似ているわ…とか、この風景でヒントを得たのか
など、想像を膨らませた。

阿妹茶楼で台湾のお茶を頂く。
e0228147_05084599.jpg
e0228147_05090771.jpg
e0228147_05092300.jpg

やはり日本式の提灯に明かりが点るまで居なくてはね、
その感じを観ておかねばね…と。

ここで十分に楽しみ、お土産もこの辺りで買い求めた。




第三日目から、第四日目へ


e0228147_05093867.jpg
台北での最後の夜を九份で過ごした翌朝には
ホテルの周辺を妹とふたりで歩いて
コンビ二に立ち寄ったり、買い残したお土産の調達などで
しばしの時を過ごした。
上の写真の最下段の食事は、四日目の朝のホテルバイキングと
四日目の??食事だったかしら…。
カメラに残っていたのでとりあえずアップしておこう。
*加筆*
帰りの空港内で買い物などブラブラ…。
その時に軽食コーナーで昼食を摂ったことを思い出した。
久しぶりの瑞々しい果物に舌鼓!


そして松山空港へ。
空港に近い所に泊っていたし、比較的地下鉄の駅にも
近い所を選んでくれていたので移動に便利。

大きなスーツケースとともに流しのタクシーを拾い
松山空港に行く。
三泊四日という旅は、あっという間に終わった。
孫たちと娘夫婦と実妹と
本当に善い旅であった。

海外は仕事で何回も出掛けてはいる娘の夫Mさんだが、
台北は初めての土地だと聞いている。
それなのに、この旅のコンダクターを
務めてくれたMさんのおかげ~~~!!
楽しい旅、思い出多い旅となった。

Mさんに感謝します。
そしてお疲れ様でした。
仕事の時より何倍も疲れたと思う。

e0228147_05100052.jpg
さようなら、台北の街…。

e0228147_05102077.jpg

ただいま~、日本。
あ、マリンスタジアムが見える。
親しみのある日本の空気へ再び戻り来て、

明日がまた訪れる。








☆pageTop☆



[PR]
by nagotu3819 | 2016-04-14 06:20 | 旅:食事:散歩 | Trackback | Comments(8)

台北の休日①

第一日目
e0228147_05181034.jpg

富士山がこんなに綺麗に見えたのは3月27日でした。
計画をすべて娘婿Mさんにお任せの空の旅です。

1月のころにこんな旅に同行させて貰うのと妹に申しましたら
すかさず「私も一緒に行きたいなぁ」との声を聞きました。
四人家族に一人加わるということより
二人になれば部屋当ても、座席の都合もよいと思い
早速娘家族に伝えまして、即承諾という運びで
私たち二人は、お邪魔虫組として胸弾むことになりました。

旅の行き先は台北です。

旅程は2時間程度になりますので、午前中に到着です。
台北に着いてから両替をいたしました。
松山空港からタクシー二台でホテルに到着。
一応部屋に入って、スーツケースを置いてから地下鉄「行天宮」から
MRTで士林駅まで行ってタクシーで故宮まで行きました。

e0228147_05182223.jpg
入り口かと思えるところをどんどん進んで行くタクシー運転手は
(ごまかしているのでは?)とふと心配になるような気がしました。

建物を見ながらぐるっと遠回りのような感覚でしたが
バスもタクシーも留まる本当の入り口がありました。
やはり初めての所って心配が伴うものですね。
頼りになるコンダクターのMさんですので、
任せておけばいいのに、全くその表現どおりの老婆心というもの。

嫌われないように(笑)、でも任せっきりでは
重すぎるのかと要らぬ気を使ったりして…。
本当に頼りになる私設添乗員(?)コンダクターのMさんです。


e0228147_05184752.jpg
故宮のお宝は見切れないくらい…実際に省きながら拝見しました。

リュックサックは 故宮展示の観覧するには禁止でしたので、
所定のロッカーに預けなくてはなりませんでした。

日本で白菜とキリギリスの翡翠の細工は見ているので
もう一度観ることができると期待もっていました。
残念ながらその翡翠の見事な細工のものは出張中で、会えませんでした。
代わりに肉石は、はっきりと見ることができました。

その後、タクシーで移動しようとしたけれど
いくらで行きますとか日本語で誘われましたが、
これは危ない場合があるとの知識でした。
折りよくバスが来ましたので、
それに乗りこみ、かなりバスは混んでいましたが
優先席はきちんと二席並んで空いていました。
優先席とは知らずに
妹と二人座らせていただきました。

そして「士林の夜市」に出掛けてその賑わいを楽しみました。
たまたま台北の観光や美味しいものなどの紹介を
妹が事前にテレビで観ていたのです。
それを参考に、蛎の卵とじなどみんなで頼んで
いろいろなお皿をみんなで分けながら、
たくさんのお料理を味わいました。
どれも美味しかったのは嬉しかったです。

e0228147_05190023.jpg
おなかがいっぱいになり、その夜市をブラブラと楽しみましたら
珍しい綿飴細工を見つけました。
「可愛いわ~」と指差し観ていましたら、その相手が日本人…。
あちら方面にそのお店があるからと教えてくださいました。

孫たちはそれぞれ注文して嬉しそう…。
地下鉄に乗って帰りましたが地下鉄内で
その綿飴細工のひよこちゃんの目が外れてしまったりでしたが
良い思い出となったようでした。


第二日目
e0228147_05191382.jpg
中正記念堂では蒋介石の偉業などの展示があります。
蒋介石の功績をたたえるため、旧日本軍の軍用地跡を
撤去後に創建された公園です。

その記念堂に身じろぎひとつしないマネキンのような衛兵を見ていますと
交代式があと30分もしないで行われるということを知りました。
そのセレモニーを見守ることにして、1階の展示室へ行き
その待ち時間を有効に使ったのです。
e0228147_05194892.jpg
その1階には、蒋介石の業績や当時の歴史・出来事など油絵に
したものを観ましたが、
日本兵の南京大虐殺の生き埋めシーンなどの油絵は、
見たくないものを見てしまったという思いでした。
事実は事実として気にしながらも、
日本人の立場は覆いようのないことです。
ひっそりと静かに見つめてしまい、その絵の前で
立ち尽くすことにもなったのでした。

戦争という人と人の殺し合い、
いけないことも正当化されてしまう非常識な判断をも
許してしまうという現実は、なんとも恐ろしいことです。


e0228147_05200056.jpg
次に地下鉄「東門」から「台北101」に向かいました。


e0228147_05201613.jpg
101の近くに宮崎駿のキャラクターを表現した
「どんぐり共和国」のショップがあります。
そこの支店長になった妹の義理の弟の子で
甥Huちゃんが居りましたので訪ねて行きました。

猫バスやその他子どもの人気ものが
人目を惹き小奇麗にまとまっている良いお店でした。

甥のHuちゃんには、突然会いに行ったわけでしたが
妹は会えなくても仕方が無いけれど…とにかく立ち寄る
というつもりでもありましたが、
元気な姿の甥Huちゃんに異国の地で会えて
お土産も渡せたのでホッとして満足にもなりました。

e0228147_05202666.jpg
その後、台北101に上るために結構順番待ちに時間を費やしましたが
高いところから台北の街を四方に眺められました。


e0228147_05204245.jpg
そして「象山-eki」まで行って、今上ってきた「101」を遠くから眺めるという
楽しさと美しさをあじわうことになりました。
ただ、私と妹は高齢者枠で、足の方も
日ごろの散歩の効果もあったとは言え、
やはり勾配のある道の傾斜が気になって
若い人たちとは行動を共にすることはできない気持ちになりました。
ふもとの公園前の喫茶店で、元気な娘家族を見送り、待つことにしました。
近い年齢の妹と来たことも良かったことと、
こんなことがあるとは予想もしなかったけれど、幸いでした。

私設添乗員(?)Mさんには、「ここまで来て観に行かれないなんて、
もったいないですよ~」と残念がられたのですが。

カメラを手渡してとにかく映像で知ることにしました。
e0228147_05210257.jpg
これは近くの駅からみた台北101の光り輝くシーンです。
とにかく昼間の映像も夜景も見られて盛りだくさんに楽しめた
良いスケジュールと満足でした。


e0228147_05211872.jpg
帰りの地下鉄の風景です。
こちらも昨日のように優先席。
優先席とは言わずに…、記録していなかったけれど、
愛を分ける座席だという意味の漢字で表現されていました。

*「博愛座」儒教の教えが徹底されている。(妹の進言で加筆)*

そして感心にも立っている方が居られるのに
その優先席は電車やバスに乗るたびに
どうぞというように二席並んで空けられておりました。
マナーが徹底していることを知り、
台湾の方々の優しさに触れたことでした。
結構歩いているので、
空席がとても有難かったのでした。




三泊四日の旅です。
三日目と四日目を次回に回します。








☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-04-09 22:01 | 旅:食事:散歩 | Trackback | Comments(12)

三月初旬からのこと (ビルと子ども会記念品)

名古屋駅前に「大名古屋ビルヂング」が完成しました。

そんなときの私たち家族です。
e0228147_23254022.jpg


夫は地域のボランティアを10年以上に渡り勤めました。
そのひとつに子ども会の支援にも関わっておりましたのは、
市Y地区の「区政協力委員長」であったためでした。

今年度その任期の規約が改められ
80歳を限りとして退任ということとなりました。
長年本当にお疲れ様でした。

区政に関する、子ども会、町内会にも地区の色々の行事などにも
中心になって関わって、まとめることが任務でした。

もちろん、国立大を退官後の私立A大学にて教鞭をとり、
教育という本業を勤めていながらも、
学区ごとにあるコミュニティセンターにも、施設長を兼任しました。

傍目にも責任感の塊りのごとく自分の時間を削りながら
地域関係のことにも、気持ちを分配して勤めておりました。

e0228147_23233780.jpg


そんな諸々を、80歳になった頃合いを区切りとして、
辞められると規定ができ公認となりましたので、
彼の後任の方を、ようやく真剣に選出できる運びとなりました。

この三月いっぱいで交代する見通しになり
家族もホッとしているところです。

先日、そのひとつの役目「学区子ども会」に関することにも
区切りが付きますので、
思いがけない感謝の塊りと言ってよいような
記念としての可愛いアルバムを頂きました。

それまでの彼が活躍していた足跡を見て、忘れてしまっているような
記録のアルバムを、子ども会のお母さん方が
中心になって作ってくださったのです。

e0228147_23235537.jpg


工夫されて見ごたえがありました。
思い出すシーンごとに感慨深いものがあり、
素敵なアルバムはよい記念と、思い出として
子ども会の心が重く思えます。

時として子ども会ってちょっと大変なことだと、
そんな面倒なことをしなくてはならないものだろうかと
受け取ってしまうようなことも、
私は無いとは正直、言えませんでした。
しかしご本人は会長としての心血を注いでいましたけれど…。

夫はその長い期間、健康ばかりではなかったし、
責任感ももちろんのことではありますが、
地域の方々の期待に応えられる幸せを感じている様子でした。
そばにいてジンジンとその重さが伝わってきておりました。
それは、やりがいだけではなく、自身の生きがいとさえ感じながら
精魂をこめて地域のために働いていた姿が
写真を見ながら、写真には現れないことまでも思い出されます。

子どもたちの熱心な様子や喜んで参加する様子が印象的でした。




名古屋駅前の「大名古屋ビルヂング」。

e0228147_23220682.jpg


かつての同僚と会う約束となっていたその日に
完成、公開の日の辺りでもありましたので、
良いチャンスとばかりにビルヂングに入館しました。
完成となった名古屋の象徴である建物を、
烏合の衆となって大勢の方の後ろについて
ビルに入って行き、いつもの仲間で見物しました。

e0228147_23231714.jpg



公開のビルの5階は都会のオアシスの風情をなして外の空気を吸って、
そして駅前をいつもの反対側から眺められました。
このビルで働くビジネスマンの
お昼休みの息抜きの場にもなるのかしらと想像しながら
お日様の光をこの上なく暖かく浴び感じました。

e0228147_23222553.jpg

入館して初めて出会う柱は手書きのようなアートを施して
新しいビルの特徴を出していました。


見慣れた駅前を大名古屋ビルの方から眺められたことが
特に新鮮に思いました。


e0228147_23461920.jpg



元のなじみのビルを懐かしく思いつつ、ネットで探した画像と
新しいビルの対比をこのページにも載せておきましょう。

それなりに、以前のビルも整ったいい建物だったと
懐かしさを覚えながら時代の流れをみていました。








☆pageTop☆




[PR]
by nagotu3819 | 2016-03-22 10:56 | 旅:食事:散歩 | Trackback | Comments(4)

いろいろ纏めて…

暑さ寒さも彼岸まで…と申します。
もうじき三月お彼岸となります。

1ヶ月前に大変寒いと家に閉じこもっていました。
寒い夜でした。

翌朝、雨戸を開けると真っ白に雪を被っている木々を見ました。
ちょっと驚きました。
不意にそして静かに降っていたのです。
寒いとは思いはしたものの、この時に
雪景色を見られるなんて思いませんでした。
e0228147_21195578.jpg
気の合った4人組で二日間有効のバス、JRを
自由に使って軽く旅が出来る案を
友だちが提案されましたので、すぐに賛成!意気投合。
さっそく出かけることにしました。
e0228147_21201124.jpg

まだ乗ったことがない…、もっとも どこも乗ったところが
ない私ですから、新鮮な気持ちで車中の人となりました。

私とA子さんはお若い二人にお任せの体。
第一日目は、お天気も暖かな良い日でした。

e0228147_21203069.jpg

海沿いのお花畑が広がっているところを
見渡している小さな喫茶店がありました。
そのお店に腰をおろして陽気にのんびりとコーヒーを頂きました。

各細胞の隅々に染み渡るような美味しさを感じました。
その辺りでゆったりとしつつも、感じたことは…。
「津波になったら、この裏山に登って行きましょう」
などとの標語でした。
まだ東日本大地震の復興ままならない現実を感じながら、
海沿いでの観光を味わっていました。



Shirahamaのホテルにくつろいで、夕飯を摂り、「さあ、お風呂に
行きましょう」というそんな時に、B子さんに携帯で連絡が入りました。
急用が出来たのです。
のんびりと旅を楽しめないことになりました。
思いがけないことです、仕方がないことです。
残念なことにB子さんとC子さんは早朝にホテルを後にしました。

残った二人はのんびりと帰路に就き、時間にとらわれることなく
動きました。
バスが1時間に1本というこの辺のこと、
日ごろ8000歩は歩いているので
1時間同じところで待っているのでは「つまらないわね」と、
散歩しながら次のバス停まで、
そしてまた次のバス停までと
歩いてしまいました。

決してバス代の倹約ではありません。
もうバス代も込みの切符を持っているのですから。
ただ、その雰囲気を歩きながら感じ取って行ったのです。

Awakamogawaで、一旦下車。
その辺をぶらり散歩。
駅前にちょっと素敵な喫茶店に寄りたくなりました。

e0228147_23463156.jpg
e0228147_21295999.jpg

二人はこれと言ってどこをどう見たいという気ではなくて
先に急用ができて帰ってしまった二人に対して
あれこれ観光して得したような気にはなれませんでした。

行き当たりばったりに、帰ればいいかという気です。
のんびり(あ~何度ものんびりという言葉を使った!)と
気の向くままに…。

それより、知り合って日も浅い私たち二人はこれまで生きてきたことや
どんな目標を持って、何かをしてきたかなどを
話しながら、聞きながら、電車に揺られていました。

彼女は、お母さんの言葉が事あるたびに生きる道標のように
思われて実行してきたといいます。
死ぬまでに外国船に乗って楽しみたい、
女は王女様の気分で過ごすことも大事だからと。

良い体験をなさったみたいです。

私はどうかな?
自分を信じて胸を張って生きてと行きたいと
思いながら生きてきたようだわ…。
もう一度人生を生きなおすことは出来ないから
これでよいのだと思って生きていきます。


さて三月に入ってから、友だちから電話。
1日に約束していたわよね…とお知らせいただきました。

そういえば、失念していたわ!
教えてくださってありがとう!
約1ヶ月前に約束していたのです…。
e0228147_21210462.jpg

そしていつものように ”ダベリング”と、シング ア ソング。
声を出して歌うこと、何でも話すこと(自分の経験を話すこと)など、
いろいろの時間の過ごし方はストレス解消!?
この笑顔は、結構心の隅の方までも満たされている感じです。


またその後日は予約していた診療所に行って、
先生や看護師さんと話したりして安心できましたし、
万歩計を加算させもしました。
また翌日はかつてのサークル活動の旧友の方々との集い。
時間の経過を思わずにはいられませんでした。


素敵なひと時を
思うままに
重ねたい…と。
そのような生き方を目指して
矩をこえず実行していきたい…と。









☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2016-03-05 08:33 | 旅:食事:散歩 | Trackback | Comments(8)

ブロギー疾患か? (伊勢方面へ)

笑わないでください。
ただ、ブログをサボっていたという結果となりました。
始めは、中毒のようになっているのではないかと心配になった[ブロギー疾患(?ブロガー疾患か…)]でした。
頭の片隅にはいつもブログのことが存在しているようで、ちょっとだけ離れたかったのが深層心理だったのですね。


* * *

始発のバスに乗っても間に合わないようなパック旅行の
待ち合わせ時間設定でした。
仕方がないので、日頃歩いて慣れ始めていた
約5000歩の道のりを歩いて行きました。
あたりはまだ暗い、星も見えている未明の時間でした。
東京から新幹線を利用して、西方面に動きだしました。
e0228147_09102304.jpg
上はついでに寄った小国神社と香嵐渓。
木々の紅葉も大分進んでいました。
添乗員は小国神社は3分通り、香嵐渓は7分通りの
紅葉状態だと先にご案内。
そのつもりで見ていると、なかなか素晴らしい秋の
風景を満喫できました。

e0228147_09103806.jpg
以前からドライブをしていた馴染みの香嵐渓で、
春はカタクリの群生や、町おこしのお雛祭りを見に行ったり、
夏は渓流の涼やかな風景に目を細めたりして懐かしんだ場所。

夕食は松阪牛の焼肉。
肉に着ける「たれ」は地域独特のみそだれと、しょうゆだれ。
美味しく頂きました。
仲間のお一人は前日風邪で休んでいたというので、
たっぷりとお話ししようと思っていたのに
入浴後は先にお布団に入り込んでしまいましたが、
枕元でのお喋りに耐えかねて、参加される状態でした。

その彼女が主人公のお話です。
黙っていられるわけはありませんでしたが、
お話の最後は「やはり愛があるからです。」の
彼女の一言で決着です。
幾つになっても愛と言う言葉は…、う~~ん!
好いねえ、応援するよ…で、眠りに就くことが出来ました。

e0228147_09105262.jpg
今日の主人公は年齢的には一番上の方です。
そして立場上も法律的にも、自由の身ですから、
誰もが反対とか批判とかはありません。
ちょっとヤッカミと野次馬傾向はあったようですけれど…ね。

e0228147_11302459.jpg

雨の中の伊勢神宮は素敵でした。
「皆が幸せと感じる日々が送れますように」と
お祈りしていました。

おかげ横丁で赤福を食べるという目的での旅でした。
雨の煙るなかではありましたが、
無事上品な甘さの赤福を頂きました。



鳥羽港から伊良湖港までバスとともにフェリーで
伊勢湾クルーズを楽しみました…と、
言いたいところ周囲は暮れなずむ頃。

昨夜の余韻で船の上では、
皆さんが忘れつつある言葉「愛」が話題の中心でした。
たまにはこんなウキウキすることもいいです。
自分が主人公で無い所が、断然楽しめるところです。

小説やドラマの出来事のように醒めた目で
立場でいられるということが快感という所なのかしら。
e0228147_09114270.jpg

大体、恋愛とか結婚だとかは願いが成就する
ところまでが輝くのです。
目標に向けて苦しんだり迷ったり、悩んだりしながら
ときめいています。
「逢いたくて毎日顔を見ずには居られない」
という心境になるのが常道でしょうか。

この年になると皆さんは、大なり小なり
愛をテーマに愛が心を支配されていた頃を
思い出しています。
昔のことを少しだけ思い出しつつ、
とても良い時間のクルーズを含む旅でした。







☆pageTop☆

[PR]
by nagotu3819 | 2015-11-24 10:57 | 旅:食事:散歩 | Trackback | Comments(10)


その時々の想いを趣味や日々の献立などを載せながら楽しくアップします。ブログ内の記事等の転用は管理人にご一報ください。


by そよぎ

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

最新のコメント

♣長沼さん、ごきげんよう..
by nagotu3819 at 12:11
そよぎさん、こんばんは。..
by 長沼 at 00:11
♣ mary_snowf..
by nagotu3819 at 08:30
♣ oshibanayo..
by nagotu3819 at 08:17
そよぎさま、ご家族皆さま..
by mary_snowflake at 22:55
こんばんは。 お年寄り..
by oshibanayoshimi at 22:40
♣yasukonさん、ご..
by nagotu3819 at 21:19
ご友人と雰囲気が似ていら..
by yasukon20 at 18:19
♣shizuoさん、ごき..
by nagotu3819 at 20:18
そよぎさん、“奥能登の旅..
by shizuo7f at 17:18

最新の記事

独り言して学ぶ①
at 2017-05-26 01:30
とげぬき地蔵・旧友‐先輩・母..
at 2017-05-20 21:55
奥能登の旅③
at 2017-05-15 01:23
奥能登の旅②
at 2017-05-12 23:54
奥能登の旅①
at 2017-05-12 03:55
太陽と風 筍バーベキューパーティ
at 2017-05-09 07:15
水彩画展に行く
at 2017-04-30 21:26
溥傑氏の仮寓(ラストエンペラ..
at 2017-04-25 01:45
桜を観る会【4月15日のこと..
at 2017-04-19 19:02
ようやく4月の記事アップ (..
at 2017-04-19 01:47
まだ、3月です(2)…放送大..
at 2017-04-02 15:22
まだ、3月です(1)…お彼岸..
at 2017-04-01 11:02
桜とランチ・デート
at 2017-03-15 23:32
桜だより(修善寺寒桜)と月の..
at 2017-03-13 04:20
しばらく! Mrs.Tiny..
at 2017-03-10 23:22

外部リンク

ライフログ

以前の記事

2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
more...

ファン

カテゴリ

全体
今日の手帳
趣味・作品展・朦朧
短詩・つぶやき
旅・散歩:食事
今日の献立
健康・エクササイズ
交友録
私の原風景
カメラの目
memo
覚書

メモ帳

検索

最新のトラックバック

www.whilelim..
from www.whilelimit..
http://while..
from http://whileli..
新しい年に贈る言葉
from dezire_photo &..
箱根・山のホテル
from dezire_photo &..
詩集から
from 優しい時間 2匹のヨ-キ-..

記事ランキング

ブログジャンル

シニアライフ
関東

画像一覧