カテゴリ:旅・散歩:食事( 30 )

娘と食事会(時の流れと沈思黙考)

前から誘われていた娘との食事会。
記念日などの時に家族連れでよく行く時に
私も一緒に誘われて「あーちゃんも一緒に…」と
ニコニコと参加させて貰っている。

いつも賑やかで楽しいのだが、今日はランチで、
孫たちもいない。
それはそれで大きくなった孫たちの成長を
喜びつつ、また娘とのひと時を楽しむことになったのだ…。

どこに行こうかという時に
彼女の家の近くのイクスピアリにしようということになった。
この辺りは、娘の愛車に乗せてもらうのが一番だ。

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娘は我が庭のような感覚でこの周辺をいざなった。

まだ梅雨の最中なのにこの暑さと海風かと思える夏の風情もある。
娘の職場でのことや前向きの姿勢、日ごろ諸々の報告などに
耳を傾けながら食事に楽しんだ。

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大学生、高校生の二人の孫娘たちは
もう母親の彼女に頼って行動するという時期ではない。

自分なりの目標をもって働き、家庭を築いている
立場をシビアに見渡すと良くやっていると娘を誇らしく思える。

私のそんなころには「空の巣症候群」という言葉が出ていたが、
家庭での母として主婦としての主だった仕事も
そろそろ完成の状況にあるこの時期、
「自分の目的、目標に近づきつつ、とりあえず女としての生き方の模索」
をしながら、今こうして生きていることを
良かったのではないか…と言えると話してくれる。


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私自身はそんなころ、もがきながら、求めながら、
単なる「ぬかみそ臭い」という主婦という立場に甘んじてはならないという
気持ちを片隅に持ちつつ暮らしてきた。
今になるとそれも女の幸せだと思いつつも自分なりの、自分だけの
生き方をしていたい、社会の一歯車になっていたい…、
満足感をもって自分の道を見極めて生きていたいと思っていた。

そんな風に思うか思わないかで、日ごろの生活基準・目線が
違ってくるし生き方がそれなりに違ってくるのじゃないかと思っている。

そんな姿勢を示して生きている娘を心から応援している。

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また最近の子育ては社会の違いも生活姿勢・環境の違いも
私の生きてきた時代とは変わって来ている。
私自身は、その生きた時代の先を見通して生きてみたい、
女性としての生き方は、男性とはもともと違うので
自分なりの独特の生き方を求め、考えて生きていかなければと思っていた。

もうどんなにあがいても新しい生き方は出来ないし求めてもいないのだが。
結局は前向きに、懸命に生きていくことに尽きるということか…。
消極的な話だがそれに落ち着くしかもうないの…(う~ん)。


ずっと職場でその人の立場を保ち、働き、
その能力を認められて生きてきた友を
ある時期にはとても羨ましかった。
女性が家庭だけを職場にした場合、昔からの生業であるから
そのレールに乗っていれば男性はパートナーとして
おとなしくしてくれている。

けれど男性と同等にあるいは男性を超えて成果をあげ成功している
事があったりすれば
家庭内でのバランスが崩れて行ったりすることもある。

女性が家庭外に職場を持った場合、主婦業を完璧にできないことも多く
男性が「働き蜂」さながらの本来の力を
発揮したくても女性の手助けが薄くなると、
家庭での分業が不十分で働く男性は不都合になる。

外に生きるすべを求める女性の場合、家庭も外での職場も滞りなく
出来るようにと望めば、おのずと歪が生まれてくることになったりする。

夫婦がいつも二人三脚で進むことができるなら…と
考えていないでもないけれど、
いまや得意不得意もあることだし家庭内分業や協力する範囲と
割り切って、とにかく共同協力という線に
落ち着くことが望ましいのかと結論めいて思う。

普段は女性の思うように振る舞うことを許しておいて
いざ要のところは逃さずに留めたり絞めていたりするのが
男性の役目で上手(うわて)であるのかも知れぬ。

娘たちの家庭は、うまくそのバランスが取れていると
感心しながら見守っている。



***

最近のある日の怠け献立

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怠けだけではなく、何とかうまく痩せたいと思っているのだが
これではうまく痩せないね。






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by nagotu3819 | 2017-07-16 01:00 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(8)

梅雨の晴れ間の蓮の花と友だちの兄上と

大賀一郎博士の執念の発掘
二千年の眠りから覚めた蓮の花…。

大賀ハスは、1951年、千葉県千葉市検見川にある
東京大学検見川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)で発掘。

ボランティアや中学校生徒が発掘調査をしていたが
花園中学校の女生徒が発掘した蓮の種一粒。
その2,3日後に2粒発掘で全部で3粒が大賀博士の手に。


大賀は5月上旬から発掘された3粒のハスの実の発芽育成を、東京都府中市の自宅で試みた。2粒は失敗に終わったが3月30日に出土した1粒は育ち、翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪の花を咲かせた。このニュースは国内外に報道され、米国ライフ週刊版1952年11月3日号p60 に「世界最古の花・生命の復活」として掲載された。(WEB内では、11月17日の日付が流布しているが、こちらは国際版Vol.13,No.10の発刊日に拠る。p26に掲載。)撮影は JUN MIKI(三木淳)による。 「大賀ハス」と命名された。また大賀は、年代を明確にするため、ハスの実の上方層で発掘された丸木舟のカヤの木の破片をシカゴ大学原子核研究所へ送り年代測定を依頼した。シカゴ大学のウィラード・リビーらによって放射性炭素年代測定が行われ、ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。自宅近く、大賀の銅像が建てられている府中市郷土の森公園修景池ではこの二千年ハスが育てられており、鑑賞会が催されている。この古代ハスは、1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として千葉県の天然記念物に指定された。また1993年平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、現在千葉公園中央区)ハス池で6月下旬から7月に開花が見られる。(ウィキペディアから)

植物学者の大賀一郎博士の自宅で
弥生時代以前の蓮の種から優し気な色合いの蓮の花が開花し始めた。
そのゆかりの蓮の花が開く

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明日からイベントのハス祭りが開かれるというその日に
千葉公園に歩こうと誘われたことをきっかけに出かけてみた。

池の周りには蓮の花をめでる人たちがにぎわっていた。
月曜日の午前中。
学校から写生会で来ていた小学生と先生がお二人。
写生を指導なさっていてついでにそのモデルの蓮の花周辺を
デジカメに納められているのを遠目に見ていた。

時間内に描ききれない子たちへ確認材料として
写真を撮ってあげていたのかも知れない。

やはり気になる私は、子供たちの今描いている絵を
見に近づいて話しかけてみた。

まず指導の先生に話しかけて小学生に話しかけた。
子供たちは4年生、近くのY小学校で歩いて20分くらいという。
C市が蓮の花を描くテーマでコンクールを企画しているから
それに参加するためと説明してくださった。

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子供たちは絵にする風景を切り取るための四角い枠を手に持ち、
どの位置を絵にするかをまず選んで画用紙に描いていた。

よく私たち世代の人間が、両の手の親指と人差し指で
四角い枠を作り構図を決めるあの指の代わりを別の厚紙を
四角に切り抜いてその枠を通して構図を決める手掛かりにしていた。




その後、爽やかな風が流れているような気分で
生涯学習館(この日は月曜日で休館)併設の喫茶店で
軽く昼食を摂り、ここまで歩いた疲れを取るため少しゆっくりした。



帰り道に、この辺りに私の親友の実家にあたる
家があったはず…。
ぶらり、ぶらりと、歩いて行った。
確かこの辺だと思いつつ、ふと見ると生垣を剪定した
小枝や木屑を掃除されていた人が居られた。

でも関係がないかもと、門標を確かめに行ったら
何とそのお掃除の方が不審そうに私を見とがめたのだ。

私もその家の関係者ではなくてご近所の方かしらという思いもしたが、
「もしかしたらKaturaさん?」と初対面ではあったがお尋ねしてみた。
そして「私はこちらのYoshikoさんと友だちです」と名乗ってみたら、
確かにと、心当たりのお顔をされたのだ。

よく見れば、Yoshikoさんに似ておられる…。
お兄様だ! 確かマスコミ関係で働いて居られた…と
声に出してみたら、「はい、NTVのニュース部に…」と応えられた。
「キャッ!嬉しいことだわ、奇跡のような!…こういう運命が私を
待っていてくれたなんて…。
こんなことがあるのだわ!」

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彼女がLINEを始めてまだ初心者マークなのと、お正月の頃に言われていたわ…。
私のこの奇跡をYoshikoさんにLINEで送りますので
写真を撮って良いですか、と尋ねて承諾を得た。

そしてまたまた偶然とは驚きの出来事だ。
撮影の真っ最中に公道の真ん中で止まってウィンカーを出している。
車が入ってくるのにカメラなど出し私は邪魔をしていると慌てたら、
Katuraさんの姪御さんだった。

Yoshikoさんの姪御さんはカリフォルニアにお住いなのに出産も兼ねて
彼女の実家(Yo.さんの兄上宅)にしばらく滞在するということで、
外出から車でちょうど帰って来られたところだった。
ちょうど良いことに一緒のカットに収まって戴いた。


いつかのクラス会に珍しく出席の写真をここに載せておこう。
(2015.4.11のもの)

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早速LINEで連絡してみた。
彼女(Yo.さん)は初心者マークと言われていたのに
長い文章が送られてきて、さすが!と思ったのである。

***




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by nagotu3819 | 2017-06-16 00:13 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

とげぬき地蔵・旧友‐先輩・母の日に

ある日友だちに誘われた。
”明日は「4」の付く日だからとげぬき地蔵の縁日です”
”一緒に行きましょう、私の友だちも誘っていて
当日は来ることになっているけれど、ご一緒しましょう。”

私には、その話題さえ一度もなかったのに
突然に友だちの友だちと同行することを提案された。

私は人見知りをしない方なので構わないが、
相手の方々は仲良しでもない、ましてや初対面の人(私)が
同行するなんて嫌なんじゃないかと、気にかかった。

以前「一緒に出掛けること聞いてないし突然だと
戸惑いますよ。困ると思うよ。」という別友の反応もあったので、
「見知らぬ人間(私)を連れて来るのは相手に悪いんじゃないの」と
反応した。
過去にそのことを疎んで、初対面のその新入りと
仲良くする様子も見せなかった友だちが、
胸の内を吐露されたことがあった。


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しかしそのお相手は私の存在を全く気にすることもなく
10時半から午後5時過ぎまでのんびりと
それぞれで縁日を楽しむことになった。

とげぬき地蔵の縁日にはよく来られている常連さんの様子。
「此処はお昼ご飯、美味しいのよ」とある俳優さんも何度か立ち寄り
食べて行ったというお店に、小一時間並んで
順番を待った。

よくディズニーランドでは人気のアトラクションに
乗るためには長蛇の列を平気で並んで順番を待つけれど
お食事も縁日では並ぶのが当たり前とばかりに
並ぶことを厭わなかった。
「その店はお魚やさんの、新鮮で味が良いので
皆知っているのよ」と、待つ時間を楽しむかのよう…。

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そして路上の所々を人は寄り道して、買うでもなく眺めて
楽しんで歩いた。
そう、そう、かの有名な赤パンツなども、結構高い値段が
ついているのに、「お隣のおばあちゃんに頼まれているの…」
とか品定めをしながら購入することを楽しんで行かれる。

それを私は黙って、時には”可愛い”とかの感想を
述べてみたりして買い物を楽しむ姿に沿うだけで行く。
(縁日ってこういうものだったわね)と過去を思い出しながら…。

夕方まで楽しみ、散々歩いたから足が疲れたと
格好の喫茶店で腰を下ろして適当なおしゃべりをしながら
疲れを忘れていくように時間が過ぎて行く。

家に帰ったのは8時ごろとなってしまった。




「散歩の会」でご一緒していたTanakaさんから
遊びにいらっしゃいとの電話があった。
彼は、とても優秀な方で若い頃はドイツにも留学され
実験研究をしたことがあったのだった。
会報の編集担当の私は、頼み込んで寄稿してもらったので、
そんなことも、あんなこともと、書くのは苦手だというのに
無理やり原稿を頂いてもいたことを思い出す。

とにかく真面目な紳士で、理科系は文章を書くなんて
とても苦手なんだと、尻込みされておられたけれど、
いつも興味深い内容の原稿を頂くことになって
とてもありがたかった。

その方が、脳こうそくを起こしてしまって
後遺症を抱えることになってしまったのだ。
「私がいけないの、食生活の注意を怠ったから」と
奥様はおっしゃるけれど、今年米寿となられているし、
自然の成り行きも否めないような気がする。

今は少し表情が硬くなっておられるが
そばで奥様が一生懸命に支えて明るく振舞っておられた。

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以前の印刷された会員名簿を持って私のところに
電話を下さったという。

奥様の懸命なおもてなしを受けて、用意されたお土産を
お暇する時に渡し忘れたと、私の家まで届けて下さった。
その帰る途中、車で追いかけて下さった奥様とバッタリ出くわして立ち話…。

やはりTanakaさんの前では話したくないことも、
女同士としてあるのよね、またお話ししたいわと言ってくださった。
私ごときでいいのかしらと思えるくらい丁寧な奥様で、
またお会いする約を束してしまった。


そんなこんなで日を重ねているうちに
母の日となったが、今年は父の日と一緒に祝いたいからと
計画している娘たちの案に大いに賛成の私。
夫と息子はいつもこういう集まりを設けても
何故か参加できない忙しさを抱えていて
何とか参加せずにいる二人にこちらは
何とか参加してほしくてあれやこれやと計画しているのだ。

とても自立している夫は私の理想でもある。
私はそんな夫に刺激され、どうにか自分でできることは
自分でやらねばと思いつつもどうしても夫や娘たちに
頼っているのだわと反省する。


”父母の日”として一緒に祝うということはとても好いきっかけ。
今度は無理してでも揃ってできないかと願っているのだ。

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そう言いながらも子供たちは母の日にカーネーションの
花籠を送ってくれた。

今年は6月にすれば良いと割り切っていた私の心積もりだった。
メッセージカードには
三人の子どもたちの願いが書かれていた。

「いつも 若く 元気で 可愛らしさを
忘れないでいてね」
ーーMI. CHI. FU.--

う~~ん、忘れないように心がけていきましょう…と、
心に刻んだ。
なかなか出来なくなってくるんだけれどね…。







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by nagotu3819 | 2017-05-20 21:55 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

奥能登の旅③

第3日目は、奥能登の旅のまとめ?
松本清張の推理小説『ゼロの焦点』の舞台を思いつつ
風景を眺めて思いを巡らせてみました。

主人公が新婚の夫を探して能登に来る。
突然の失踪に夫をめぐり追い詰めて行くと
どんどん不思議さが増していき
解決されるまでに夫を含めて5人が
死んでしまうことになった。
ある女性が自己を守るために
能登・金剛で夫が突き落とされたこと、
そして過去の生きてきた術を隠したいために
4人も消されて最後にヤセの断崖から小舟に乗って
逃げていく姿が波に揺られ小さくなって行く犯人。
勿論犯人は死を選んだ行動だが、何かもの悲しい気持ちが残る。

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旅が終わってから、お互いに写真を持ち寄り
それぞれの視点で撮った思いの写真を披露し合って、
旅のまとめになればと、それぞれの期待を確かめながら
旅愁に酔いました。



2連泊の最後の夜。
二人でビールと、そして地酒を頼んで気持ちよく酔って
この日の疲れを癒しました。

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旅の初めに、能登への期待もそれほど持っていなかった私が、
だんだんその地に足を踏み入れて、ガイドの案内にも乗せられて
旅の物語にのめっていくような感じになりました。

遊覧船に乗り、木造の灯台を観て
ホタルイカを捕る漁師の様子を遠目に見ながら
その周りに浮かぶ猪の姿に似た島などの案内を聞き
写真を撮りました。

島に着くと急傾斜の階段が目の前にあり、
にこやかに笑った写真に残しましたが、
前日の、禄剛崎灯台のきついコースを思い出すと、
気持がへばりました。
ご一行様の最後について、ゆっくりと登ることにしました。

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能登の峻烈なイメージを抱かせた能登金剛の断崖は
松本清張の推理小説「ゼロの焦点」の舞台。


雲たれてひとり たけれる荒波を恋しと思えり能登の初旅
 松本清張作「ゼロの焦点」の小説の影響を受けて、
能登金剛に身を投じた女性を哀悼するため、
1961(昭和36)年7月に建てられた。
 悲劇のヒロインを想いここを訪れるファンも多い。
そんなヒロインの運命を悲しく謳っている松本清張の歌碑は巌門にある。
~インターネットからコピー~


悲劇のヒロインが最後に身を投じた断崖は「ヤセの断崖」。
名前の由来は作物が作れないほどやせた土地であるという説や
高さ35mの断崖の先端に立って海面を見下ろすと
身も痩せる思いがするなどの説があるということです。


kumiちゃんは体力的にちょっと不安を感じられたのか
休憩所で待つグループになりました。
「がんもん橋」辺りを犯人が主人公の夫を自殺と
見せかけた場所としたところに
松本清張の歌碑が建てられていました。

その後の旅人が自殺する場所として選ぶことに
哀しく感じた清張と志賀町は(多分そうだと私は感じた)
「幸せのがんもん橋」と名付け、幸せだと強調の意味を
持たせたのだろうと推察。
巌門地区一帯を公園にして旅人の訪問を
待っているように思いました。


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その軽い気持ちで見ますと新しく設置された
展望台から能登金剛の断崖や奇石・日本海の景観が望めます。

平成19年3月25日能登半島地震により
断崖の先端が崩落するなど被害がありました。



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荒波が作り出した近くの入り江には源義経が
兄頼朝の追ってから奥州に逃れる際に48隻の舟を隠したとされる
伝説が残っています。


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上方は義経の舟隠しの断崖を背に。

下段は能登中島駅構内には郵便車「オユ10」。
郵便客車(昭和32~46年)北海道から九州まで全国各地を車内で
仕分けしながら活躍していました。昭和61年を最後に全車が引退して
現在では国内にこの1両を含め2両のみ保存されています。

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もう一つ能登中島駅は演劇と深い関係があります。
俳優仲代達矢との交流から生まれたのと演劇堂は
無名塾のロングラン公演の舞台として様々な公演が行われています。

また、その昔、越中国司であった大伴家持が能登へ巡礼した際には、
この地にも訪れていくつかの歌を詠み残しています。


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富山・射水「海王丸パーク」

海王丸は、商船学校の練習船として誕生した帆船です。
昭和5年2月14日に進水して以来、59年余りの間に106万里(地球約50周)を
航海し、11,190名もの海の若人を育てたということです。
海王丸パークでは、この海王丸を現役中の姿そのままで公開していました。
年10回行われる総帆船展は見逃せないと評判です。


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新湊大橋を渡り富山駅に到着です。
そして北陸新幹線”はくたか号”で帰途につきました。



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by nagotu3819 | 2017-05-15 01:23 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(4)

奥能登の旅②

朝から生憎の小ぬか雨。
北陸地方は、「お弁当を忘れても傘忘れるな」と
常々心に留め置く生活感覚・戒めです。
”雨と友だち”という気持ちで行きましょうか。

バスで移動の能登のツアーです。
隣に座席を占めたご夫婦のカップルが居りましたが
奥様がチョンチョンと軽く私の肩を突いて
通路を挟んだ私にアクセスを試みてくださいます。

彼女の言うことには「私が旅をする時には
雨で困ったことが無いのよ…」と。
雨模様ですが、確かにバスを降りると一応は傘を持ちますが
開かないで過ごす時間が大半でした。
雨に遭わないと自負される前向き志向との方と言えます。
ご夫婦との語らいもなさってはおられますが、
女友だちとも楽しみたいタイプの方らしいと
お見受けしました。


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輪島の朝市で自由にブラつきました。
散歩の皆さんは確かに傘は開いていませんでした。

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漆のお店はまるで芸術館。ゼロがたくさん並んだ定価に溜息です。
(漆器工房見学)

家族のために、そして客用にもと、漆の箸を買いました。
漆はつるつるして使いにくいイメージですが
私の買い物はそんなイメージを払拭する細かいざらつきを
持たせた握り具合で、全体に渋い色合いのを揃えてみました。


愛知県の高校生が荒れた田んぼの整備を
買って出てこの段々の千枚田を整えるきっかけを
作ったそうです。
生憎雨で煙ってしまったのですが、その心意気に打たれました。
(世界農業遺産)

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此処は珠洲(すず)。(奥能登塩田村)
朝のNHKドラマ(平成27年後半)で取り上げられていた
『まれ』では、塩田で働く変わり者の
おじさんがいましたが、まさしくその人らしいと
感じさせるような説明の方がおいででした。

雨のため塩田の海水撒きはできませんが
たった一回きりの海水撒きを実演して見せてくれました。

昔ながらの潮製法。揚げ浜式塩田です。

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此処は禄剛崎灯台です。

きつい坂道があるから、足に自信がない人は
こちらのお店でお待ちくださいと
添乗員さん。
本当にきつかったし、添乗員さんは割に速歩で進むので、
これを曲がったら坂道は終わりですという
励ましの声があったけれど
私は心臓が口から出そうな勢いで息を吐いて
頑張りました。


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能登半島の最先端で、ちょうど外浦と内浦との接点にあたる
場所にある岬です。
「海から昇る朝日と、海に沈む夕日」が、同じ場所で見られることで有名です。
海にせり出した断崖には、
明治時代に造られた白亜の禄剛埼灯台がそびえています。

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聖域の岬と言われるパワースポットがあるという
不思議なパワーを感じる場所があるというのです。
海の空間に向けて手のひらを翳すと、
なん何人でも手のひらにピリリと感じればパワーを
受けた証だと言います。(右列上から3番目画像)
ちなみに、私は何も感じませんでした。

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この聖域の岬散策は過去に瓦礫が落ちたとのことで、
ヘルメットを被らないと
「空中展望台」と「青の洞窟」を見学できません。

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見附島(別名・軍艦島=軍艦の舳先に見えるため)

何故か「えんむすびーち」とあり、愛の鐘を鳴らします。
まあ、私たち女性カップルは何気なく
皆さんの鐘に惑わされたようでした。
Kumiちゃんと鐘を鳴らす紐を持って写真を撮った
ようで…、鐘の音は耳に届きませんでした。

さて、効き目は?
女性同士は無視されたのでしょうか(笑)。


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合鹿庵で、民族行事アエノコトを見物。
昔からお正月や収穫の時期などに
厳かに神様をお迎えする様子を見物して、
後に冷たいスイーツをふるまってもらいました。

その後約一時間の移動で能登ワイン工場へ
ワインを試飲するのですが、酔いそうでしたので
飲むことは遠慮しました。

昨日のホテルに戻って、地酒を注文して頂きました。
あとは、疲れたのでグッスリと…。






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by nagotu3819 | 2017-05-12 23:54 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

奥能登の旅①

いつも仲良くさせて頂くKumiちゃんと奥能登の旅に出かけました。
まだ春も浅い時に。

彼女は日本のみならず海外にも自然の風景がお好きで
各地を旅していますが、私は家人がそれほど
旅に出ることに興味を示しませんので
自然に一緒に旅へという機会も少なく
国内でもあまり遠くへは行っていません。

たった一つ旅の良い思い出はロスでの
40日間という旅にしては長い期間を海外で
家族ともども暮らし、ちょっぴり海外の生活を味わったくらいです。

ですから、Kumiちゃんが旅に出たいと言えばどこでも
彼女についていきたいと、考えていました。
私は限定しないー何処も私には未踏の地ですから
たくさんの選択肢がある幸せ(?)というものです。

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北陸新幹線が石川、富山に延びた機会もあって
行き先を奥能登方面に絞りましたが、
恥ずかしいことに、そこで何が見どころか
あまり詳しいことも分からず、
輪島の朝市や輪島塗くらいにしか関心がありませんでした。
でも旅をして知らないことを観たり体験することを
楽しみにしておりますので何処でもターゲットでした。


彼女は能登までは出かけているのに奥能登までは
行っていないそうなので、そちら方面に出掛けることにしました。

まだ白山の山脈は雪を冠っていました。
越後湯沢駅で下車し観光バスに乗り換えてのツアーとなりました。
雪山を観たのはここだけで、能登の先端にも雪を見ることは
ありませんでした。

まず富山の薬屋さんに立ち寄りました。

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千里浜を走り、砂浜をドライブとなりました。
まだ子どもが小学生のころに此処を走ったことがあります。
波と道路の境もない砂浜を走って
タイヤが砂にめり込まないかと驚いたことがありました。
実はこの浜の砂の粒子が細かくて水がしみこむにつれて
コンクリートのように固く締まるわけで
大きな車さえも走れるのです。
地球上このような砂浜は3カ所しかないとのバスガイドのご案内です。

お天気が心配されていましたが、とうとう雨が降り出しました。

日蓮宗のお寺、妙成寺では傘を差して僧侶のご案内でお寺を見学。

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第一日目はこのお寺の施設など見学を最後に
今日の行程は終わり、志賀の郷温泉で泊まることになるのでした。

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夜はノドグロや甘えびなど約30種の食材を使って
バイキングの夕食でした。
そして連泊できるのとロイヤルホテルで体を休めました。





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by nagotu3819 | 2017-05-12 03:55 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(2)

溥傑氏の仮寓(ラストエンペラーの弟王)

この土地の氏神様、浅間神社にお参りに参りました。
高校時代からの友だち K.Y.さんはこの地に育ち
結婚されるまでだったかな(?)、
思い出がいっぱい詰まった懐かしいこのあたりの地です。
散歩がてら浅間様に行きましょうかとの彼女の提案に
行って見ることにしましたが、彼女は本当に久しぶりに訪れたとか…。

私自身は、幼い頃はこのあたりにはあまり馴染みはありません。
しかし、中高時代はこの神社や海の近くでしたので、
少なからず思い出を残しています。
生長の節目節目でもお参りに来ていたことを思い出します。

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近くには、潮干狩りで東京近郊からは手近な観光地でもあり
結構たくさんの人たちが訪れています。
想いを込めて参拝しました。


その神社のすぐ隣に愛新覚羅溥傑氏の仮寓が今も
丁寧に遺され手入れが行き届いて一般公開されています。
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(以下の記載はURLの検索により編集する)

明治中期以降、
保養地として多くの文人墨客が訪れた稲毛は、
海岸線の松林を中心に、別荘・別邸が建てられました。
この建物はその中で現存する非常に貴重な遺構です。

こちらの屋敷は、旧武見家の別荘でしたが
平成9年に武見氏より市が取得し、同年4月から
「千葉市ゆかりの家・いなげ」として公開しています。

この建造物に、中国清朝のラストエンペラー愛新覚羅溥儀の
実弟である溥傑夫妻が、昭和12年に半年ほどこちらに居を構え、
新婚生活を送ったという歴史的事実もあります。
保養地としての稲毛の歴史を今に伝え、
その歴史を知る上で、貴重な和風別荘建築として、
非常に重要な物です。

平屋の主屋と庭の離れから構成されています。
主屋は棟がL字型となっており、南・東側の屋根には
入母屋の破風が見られます。
室内は、漆塗りの枠の腰付障子、菱格子で飾られた欄間、
高く張られた格天井などの意匠が凝らされています。
居間には洋間が付いていますが、
屋根の形状や取り合い柱の納まりから、のちに増築された
ものであると考えられます。
離れは、外壁が主屋の洋間のものと同じ板壁であることから、
浩夫人の要望もあって、洋間に改装されたころに
増築されたと推定されています。
その室内は6畳と床の間で構成され、床の間には木瓜窓が施されています。

全体として改造が少なく、大正時代初期の意匠をよく伝えています。



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溥傑は、中国の現代三筆に数えられる書家として、
多くの書画を残しています。
この書には、稲毛に居を構えた当時の思いを詠んだ
漢詩が二首したためられていて「ゆかりの家・いなげ」と
「溥傑夫妻」のつながりを偲ばせる作品です。
平成2年に溥傑本人から千葉市へ贈られました。


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L字型に建てられた主屋の床の間やその突端の夫妻の寝室には
浩さんの希望で洋間に改築、ベッドを愛用とありました。


溥傑の書

【訳】※ 愛新覚羅溥傑・浩 著(福永嫮生 主編)「愛新覚羅溥傑・浩書画集」P62より引用

再び千葉海岸稲毛旧居を訪れて感あり
過ぎ去った歳月を顧みて再び千葉に来る。
世の中はすでに大きく変わっているが、
余齢をもって稲毛の旧居を訪れる。
新婚当時は琴瑟相和して仲が良く、
まるで夢のようだった。
短い期間ではあったが想い出すと
つい我を忘れてしまうほど幸せだった。
愛しい妻の姿と笑顔は今は何処に。
昔のままの建物と庭を見ていると
恋しい情が次々と湧いてくる。
君と結婚したその日のことが目の前に浮かび、
白髪いっぱいになった今にかつての愛の
誓いを思い出すにはしのびない。
再び千葉海岸稲毛旧居を訪れて感あり
二首を詠む。歳次庚午仲夏   溥傑 



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過去にNHKの「歴史秘話ヒストリア」での取材もありました。
渡辺あゆみアナウンサーの色紙サインも。


3月23日、小寒い日でしたが、その庭にはシャクナゲが咲いていました。
そしてトサミズキ、クリスマスローズ、ツワブキ、ウメが
かつての当時を物語るように爽やかな賑わいを
偲ばせていました。


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by nagotu3819 | 2017-04-25 01:45 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(8)

まだ、3月です(1)…お彼岸墓参・迎賓館~東京湾クルーズ

お彼岸参りをしました。
大事なおじいちゃんの思い出を抱きながら
おばあちゃんを思い出し、
ご先祖様に感謝し、この春の変化の報告をしました。

孫は国家試験合格証書、曽孫の中学校卒業証書を
祖父母に感謝して、今は居ないのだけれど
あたかもそこにいる祖父母の存在に見てもらいました。
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そして後で詳しくアップしたいと思いますが
千葉市ゆかりの家・ラストエンペラー愛新覚羅溥儀氏の
弟さんの愛新覚羅溥傑仮寓にも行きました。
新婚時代のころのこと、奥方の浩さんは
とても雰囲気が美智子皇后にそっくりのように
拝見しました。


日帰りバスツアーに参加しました。
「迎賓館赤坂離宮本館見学と西洋美術館・お台場クルーズ」
6人で参加の予定だったのに
お一人が朝体調を崩してしまいまして、
残念でしたが、5人のグループとなりました。

国立美術館は目的の美術館にまっすぐに
行ってしまって素通りの状況でしたが
今回は建物が世界遺産に登録というお祝いを兼ねて
内容が充実の常設展にも
ゆっくり参観できました。
65歳以上は入館が無料でした。

次のコースは今回の本当の目的で
迎賓館赤坂離宮です。
素敵な建物、瀟洒な印象通りの
素晴らしさでした。

よく遠巻きには眺めていたのですが、
今回の企画に離宮本館が組み込まれていましたので
早速申し込んで希望の日程に参加できたことは幸いでした。
中の様子は写真撮影はできませんでしたので
お庭の様子だけです。

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迎賓館からお台場に向かいました。
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私たちは「海舟」に乗船しました。
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お台場海浜公園から日の出桟橋までの
ほんの20分だけのクルーズです。
暮れなずみつつある東京の風景を船から眺めて
ほんの名ばかりのクルーズでした。

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日の出桟橋に碇泊していた
ロボットチックなそしてモダンデザインの
船は「ホタルナ」か或いは「ヒミコ」と名付けられた遊覧船。
これも私の注目のものでした。








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by nagotu3819 | 2017-04-01 11:02 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(4)

桜だより(修善寺寒桜)と月の沙漠(砂漠)

友だちからのニュースで
”河津桜が満開だよ。”
”桜は人の都合など待ってはくれないからね。”
と。

人が揃ったら出かけたいと思って
グズグズしていたら案の定、
河津桜は花よりも葉っぱが
目立ちだしていた。
房総半島は暖かいのだ…。

後に桜が見られなかったので近所にある大きな樹の
修善寺桜()は如何かと散歩がてらに
観て回った。*訂正しました

この日は丁度日曜日で、テニスを楽しむ人が
沢山出ており、桜も三分~五分咲きとなって華やいでいた。

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話しはもとに戻そう。
友だちの車で房総半島の文学散歩にと
気配りがあった。

これは芥川龍之介が一時滞在して
執筆などもされた「ホテル一宮館」。
このホテルの前は海につながる川…、
海とも川とも言えぬほどの上に橋が架かる。
近くは汐の香り漂う。
(芥川がここで…)と、しみじみと思いを馳せた。
そして方向を海水浴場に向けた。

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オリンピックの波乗り競技の会場になるとかの
外房の一宮海岸、海水浴場へ。
板を持った若者や家族連れが波と遊んでいた。
風は冷たく、しかし波乗りには少し穏やか?な日だった。

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河津桜の並木ははるか遠くに
葉桜となっているのが認められた。
やっぱり人の都合など考えてはくれなかったね。

桜は諦めて「月の沙漠」のモニュメントのある
御宿へと向かう。

*砂漠ではなく沙漠だそうだ。
乾いた砂ではなく海岸の湿った砂は
”さんずい”が正しいのだそうだ。
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こうして観ると遠く砂漠地帯のように見える
夢の空間…だ。

「此処はどこ?」と言いたくなる異国情緒を感じるわけで、
どこかアラビアンナイトのようなこの風景だった。

童謡「月の沙漠」は画家で詩人の加藤まさを作詞で
佐々木すぐる作曲によるもの。
加藤は実際には外国に行ったわけでもなく
雑誌編集者から何でもいいからという依頼を受けて
作詞したのだというが、
本当のことは聴かない方がいいという気持ちにもなる。

連れて来て下さって有難うございました。


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御宿は子どもの頃に来たかったのに大人になるまで
来たことはなかった。
内房からのコースでもっと先端の館山や鯛の浦、
勝浦辺りは訪れていたのに…。






***

そして孫たちと戯れるひと時。

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時系列ではないが、この時はお雛祭りの集いを
楽しませて貰い、女の子の頃の気分を
ちょっぴり思い出して…蛤のお吸い物を
頂いたよ…。

そしてまた、孫たちの家に泊まって行ってと誘われて
楽しみ和んだ日。
上の孫娘が美容院で髪を切って来たのでパチリ!
私はカメラマンと下の孫娘が撮った。

ジジババ・バカと言われようが
いつの間にか大人になったこと、綺麗になったことねと
眺めてしまうこの頃の自分…。
これもプラチナエイジの年頃の現象かと
三者的に観ている私である。





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by nagotu3819 | 2017-03-13 04:20 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(6)

私は怠け者なんですゥ~(2月後半はSabotage)

2月は逃げるともいう。
あっと言う間に2月も終わっていた。

随分前に、私の啓蟄と言ってもいたのに、
余りに早くに地から顔を出してビックリして
またもぐってしまったのだ。

わたくし~~?
元気よ。まったくのおサボりである。
N市へ行くつもりであったが、アントワネット展に
一緒に行くつもりだった妹の都合にも
合わせて2月14日に六本木へ出かけた。

ご存知のマリーアントワネットの生涯を示す愛用品や絵画展。
ベルサイユ宮殿の空間再現なども
行かなかった私の満足感をやや満たした。

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しかし、東京はなんと人が集まることか…と、いつも嘆く。
入場券を購入するのに、1時間並んで待つ。
そしてやっとチケット購入したと思ったら、約3部屋くらいを
蛇行状に並んでエレベーターに乗る順番をおとなしく待つ。
そして52階の会場階まで行くが、そこも
展示場の人数制限をしてくれているので、またも待つ。
結局2時間半くらいを空しく待ってようやく展示場へ。

まだ、会期はあと2週間あるし、この日は平日だったのに…。
待ちくたびれること甚だしいが、東京展の状況にも
仕方なくではあるが、徐々に慣れて来ている。

哀しいかな…私はフランスへ行きたいなぁと
長年思っていたのに、最近の時間の余裕ができた頃には、
テロの怖さに実際は行けない現実だ。
妹は既に昔フランスへ行っているが、日本の展示の仕方には
さらに詳しく分かり良かったという。

そうだろうなと、海外の芸術的建造物にも想いを馳せながら、
その優雅さ、豪華さを汲み取って観て回った。
かの王妃の波乱の人生に食い入るように観て感じたのは
やはり王妃だからこその、人の暮らしぶり、
そして国民の厳しくも冷たい目の中に
毅然として生きたのだということを鳥肌が立つほどに
受け取れて……。

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再現された王妃のプチ・アパルトマン(此処は撮影許可だった)



沢山の展示物約200点を観終わって
52階の景色をホッとして眺めた。

遠くに富士が見えたが
雲か富士山か紛らわしいくらいの陰であった。
ハッキリと近く見える富士は
新幹線からの富士山である。

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そして最近あまり会えなくなってしまった
友だちに会いたいとS.さんにお願いして
中央高速道を走ってもらって友だちの家にお邪魔した。

立派な欄間に目を奪われた彼と彼女のお城だ。
定年まで長いことお二人で励みご家庭を
守って来られたお住まいは彼の趣向が濃いかと思われた。

彼は「シンプルライフ」を目指し
今はお二人きりとなったこの立派なお家で
過ごしていらっしゃること、深く頷けた。
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彼は若い時は仕事の合間に、その地方の山々を
制覇してきたことは奥さんの彼女から聞いていた。
そこでバードウォッチングをしたりして
ホームページを立ちあげて、楽しんでおられたたことも
年賀状の交流から分かっていた。

そして彼は最近天体に興味を集中されて天体観測を
カメラにも納めておられた。
星を観ていると人間の存在や生き方のちっぽけなことに
想いを馳せられて、チマチマした気持ちを
持つことなど諸々の価値観、人生観に浸っている様子であった
ことも感じられて「私も…」と嬉しくなった。

ご夫婦は昔、同じ県立高校にお勤めで
私たちもその職場での仲間であった。

男先生には、私は何年ぶりだろうか。
50数年のブランクになる訳だが、昔を知っていることは
何とも言えない心の解かれる部分があるものだ。

奥さんの彼女とはよく会っていた経過もあったが、
懐かしいと思うほどは親しくなかったけれど、
思いがけずも、こんなにお話し好きとも
思わなかった人との再会であった。

私も久し振りに会う人には
「そよぎさん、そういう感じじゃなかったわよ」と
印象を話されたりする多い。

(段々に真の姿が出せるようになったのか…?)
ただ静かにしていただけの私だったような自己分析だ。

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宇宙観…、私もちょうど若い頃の昔に夫と話していて、
余りにも大きい宇宙に比べて何と小さな人間…私たちの存在に
またも気を向けていたことを思い出したのだ。

自分が生きている間に宇宙の何を知ることが出来るのだろう。
とてつもなく多くの真実を知りたくても追って行けないとの現実に
全く頼りなく、まだまだ科学の進歩や学問探求の
姿勢にも関わらず、長くの時間を要することだろう。

私の生きている時間の短さに思わず情けなく思ったこと、
欲張って知りたいと思っても到底叶わないことだとの
思いが及んで20代の若さのなかで、涙したことがあった。

最近またそれを思い出して思いを巡らしていた
銀河系から宇宙観などの話に及んで、
ついつい男先生のお話に頷き合って
お気持ちの発露を面白く伺っていた。

これまでの人生観にも、歩んで来た足跡も受け取れるようで
あっという間に時間が過ぎてしまった。

若い頃にはよほど親しくないと伺えなかったことだろうことも
年を経ての、人の考え方の変化や受け取り方も
自ずと違ってくるはずだし、
その方の生きざまの深さまでも感じられて
とても興味深く思えた。

このような時を過ごせたという、
思えば午後のわずかな時間ではあったが
会えてお話を伺えて、さらに宇宙談義にまでも、
話題に上ったことなどが、幸せなことだと思った。









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by nagotu3819 | 2017-03-06 11:06 | 旅・散歩:食事 | Trackback | Comments(6)


その時々の想いを趣味や日々の献立などを載せながら楽しくアップします。ブログ内の記事等の転用は管理人にご一報ください。


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