カテゴリ:私の原風景( 42 )

太陽と風 筍バーベキューパーティ

恒例の筍とバーベキューのアルバムです。

今回は充電したままに、デジカメを家に忘れてしまい、
スマホでぱちぱちと撮りました。


そのまま載せてみようと思いましたが、
画像編集が面倒です。
やはりPCに移動して
画像を編集することにしました。


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皆が参加できるのはGWのなかで一日だけだと
告げられていました。

大学、高校、中学生になった孫たちは予定がいっぱいで
忙しくなってきたということ、
そして娘たちも勿論多方面からの予定が
押し寄せています。

少し前からこの日以外は揃わないのだけれどと
この日を待ち望んでいました。

当日のお天気が気になって中止になるかと心配しましたが、
どうやらお日様も顔を出す暖かい日でした。
ただ、午後になると頭上の楠がざわざわと枝葉を揺らして
風もまた参加してくれているようでした。

そんな風が強く感じられる中でもバーベキューに満足したら
バトミントンを打ち合って
跳ね返った笑い声と共に賑やかに興じていました。

老境にある私は、孫たちの若さを眺めながら
頼もしく思っていました。


***

昨年のバーベキュー⇓











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by nagotu3819 | 2017-05-09 07:15 | 私の原風景 | Trackback | Comments(8)

桜を観る会【4月15日のこと‐安倍内閣主催】

時系列記事に割り込んで先にアップしてみました!

新聞の記事から拝借の写真です。
新宿御苑に1万人の招待客と6500人の参加者で
安倍さんの「桜を見る会」が開催されました。

そんなに大勢の中に居て、普通程度の背丈しか無い私なので
とてもこの(↓)ような写真はキャッチできませんでした。
新聞記事に載った写真をお借りします。
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夫のもとに3月のある日に招待状が届けられました。
出席することに気が進まないような口ぶりの夫でしたが、
どうぞ、出かけましょう、行きましょうと誘いました。

生来の野次馬の気持ちを持ち合わせている私のために
ようやくその気になってくれた夫でした。

でも、なぜご招待状なのかしら?
この(⇓)関連かしら…と。

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東京に近い娘の家に一泊して
新宿御苑に参りました。

受付で木の香も馨しい枡を手渡されました。
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隊列を組んで芸能人の人たちが目の前を通り過ぎます。
だんだん盛り上がって
斉藤さんはまだかしらと…周囲でつぶやく声が聞こえました。
斉藤さん??と言っても私たちにはピンときませんでした。

彼は若いらしいのに頭が剥げていて特徴のない
どこにでも居そうな様相の男のタレントのことでした。
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こういう感じの方々がお呼ばれていました。
見たような政治家だったり、
鉄仮面と言われるイラストレーター、
盲目のピアニスト、子役の方々、梅宮アンナ、大村崑夫妻などなど。

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4月15日ではソメイヨシノは散ってしまっているだろうと
思っていましたが、結構綺麗に花をつけていました。
最も八重桜は咲き時が遅いのですが、
ソメイヨシノらしい一重咲きの桜も咲いていて
この賑わいとなりました。

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有名なタレントさんが撮影用のために
しばらく並んでくださっていました。

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5重、6重に人垣ができてしまって
私が見えない、見えないとつぶやいて居ましたら、
周囲の見知らぬ方がご自身で撮ったスマホ画像を
見せて下さって、私にさらにその画像を提供して
下さったのでした。


撮影会のような時間が過ぎましたら
整列が崩れて安倍首相や昭惠夫人が、烏合の衆の我々の近くに
寄って来てくれて、ハイ、タッチをして通り過ぎました。
目前に近づいて来てくれたのですが、
望遠レンズにしていたカメラでは、上手く撮ることは
至難の業、あっという間でカメラには収まりませんでした。
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安倍さんは準備もできずでしたが
昭惠夫人にはどうやら撮ることが出来たのですが
何とも言えない画像となりました。

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はるな愛とかデーブスペクター、野沢・(声優)、ももクロの三人、
等の姿を遠くから眺めて居ました。

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姥桜になったソメイヨシノ、葉柄さえも、見れば綺麗なものでした。

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そしてイベントが一応すんだ頃から、
一般の入場者が開場となって
賑やかになって来ました。

その頃は、すでに有名なタレントなどは帰っていました。
時間さえあるなら、御苑で散策しながら
他の花たちの装いなどを愛でることもできましたが、
約1万5千人の人たちの後に続いて
私たちも出場してしまいました。

何と遠くに目を移すと従姉がお世話になった
個人出版を扱う文芸社が高くビルの上方に
文字看板というのか見えました。

またこの会社に縁があるかもと記録のつもりで
写真を撮って置くことにしました。


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記録と言えば首相の今回の招待状を撮っておきましょう。

こんなわけで、安倍さん主催の桜を見る会は無事に
そして賑々しく終わったのでした。





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by nagotu3819 | 2017-04-19 19:02 | 私の原風景 | Trackback | Comments(6)

古いものは捨てなければ…

これは1969年のアサヒグラフ。
大事にとっておいたけれど単に記念だ。

これは、アポロ11号の軌跡が載っている写真誌。

アメリカ合衆国のアポロ計画において、
歴史上初めて人類を月面に到着させた1969.7.20のこと。
宇宙飛行に関する写真が載っている。

もうあれも、これも要らないね、捨ててしまおうと
夫は懸命に片づけを始めている。

まあ、本など私に関係のないものは
私の領分ではないと夫にまかせっきりとしている。

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ところが書斎から夫の呼ぶ声がする。
こちらも何某かの用事をしているので少々面倒だなと
思いつつも、そちらに行ってみた。

これを見てごらんと、それだけ言って私に
「アサヒグラフ」を手渡した。

うん、懐かしいね、こんなことも有ったわね…。
そうそう、私はこの月面着陸を夜も寝ないで
月より送られてくる画像を胸をときめかして観ていた。

人類初の出来事だから見逃したくないと、
実は身重の身でテレビ画面を見ていたのだった。

実際に月面着陸の三日後に私は次女をこの世に
誕生させた記念の日、思い出も一入のことであった。

分かったわ、もうこれも捨てて良いわと
納得しながらも、なぜ私を呼び寄せたのか、私も忙しいの…、
と心で思いながら、面倒な夫へのお付き合いだわと
そこを立とうとした。

グラフじゃなくてもう少し見てごらん…。

なんなの?

少々気短に本から夫へ目を移した。

「ほらほら、お父さんが載っているじゃないか…、
なぜこれを大事に取って置いたか忘れていた…。
表紙を見ただけではそれに気づかず捨てるつもりの算段だったよ。」


あらま!
私もすっかり忘れていたわ…。

それから、片付けも二の次になって
懐かしんでしまった。
ときどき、こんなことばかりがあって、種々捨てることが
私たちには至難の業ということに
なってしまうのだ。





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by nagotu3819 | 2017-01-25 22:42 | 私の原風景 | Trackback | Comments(4)

文化の日は大学祭と一木会

この画像は文化の日。
ある大学の「45th 大学祭」。
そして毎月第一木曜日は
「一木会」の小さな集まりがあった。
その集まりの後で大学祭に足を運んでみた。


はるか昔、この国立大学から合格通知を受けたのに
父の同意を得られぬままに
家から遠くの二期受験校だった単科大学に入学手続きをした。
当時、一期校だったこの大学を蹴ってしまった、
その因縁の大学である。


未だにそんな思いをふと思い出す
大きな岐路となった出来事をいだきながら構内を散策。

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11月の3時過ぎの風景は
もう”つるべ落とし”で、早くも日暮れの気配。

集まった皆さんは帰り支度の様子に移っていた。

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イベントなどをよく行う「けやき会館」へ行くと、
大ホールでは14:30から講演が開かれ、続行していた。

「人を超える高速・高機能ロボット」について
15:30まで講演されていたので15時ころから聴講した。


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そのあと引き続いて、本学出身の落語家「桂 恩狸(オンリー)」が
関西から駆け付け応援出演した
と紹介されていた。

背丈がかなり高く180cm以上あるという彼は
長身の人にありがちな背中を丸めての姿勢での登場だった。

スマホの写真の扱いがまだ慣れていないのでピンボケですみません。

(これはスマホの投稿です。)



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構内をブラついていたらコーラスが聞こえてきた。

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あちらこちらを、大学のコース表やプログラムを見ながら歩いた。


私が入学試験を受けた時はこんな立派な校舎ではなかった。

50数年前に受験した国立大学。
国立大学はどちらかというと貧弱でうらぶれた(?)校舎が多かった。
当時は国立大学を一期受験校と二期校と区別があり、
国立大学を二つ受けるチャンスがあった。

運よく二つの大学から入学許可証を手にした。
一期受験校の、家から通えるこの大学に父は入学するようにと、
四国で全国表彰を受けるために出掛けて旅の途上にあった時に
必死の様子で指図を送ってきてくれていた。

速達はがきを車中で書いて、途中の国鉄の駅の郵便ポストを使い
大垣駅から一期受験の大学に行くことにしなさいと
強く主張のはがきを寄こしたのだった。

一期と二期の入学手続きは、決定の猶予日程が確か1日か、2日。
両方の大学の合格通知があったということは、
実力よりも落として受けたからで、
不合格の憂き目を見なかっただけのことだ。

決して頭の良し悪しを言ってるわけではない。
返ってその二校を同じ土俵で選ぶという運命を、
担ってしまうことになったのだ。
その戸惑いも一口では言えない状態となった。

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大宅壮一の「女子大生亡国論」が世を賑わしていた頃でもあった。

女子が大学に行っても大きな目で見たら無駄な部分が多いし、
花嫁になるときの箔をつける効果で選んでいる女子大生が多かった頃。
社会で貢献すべき人材を国立大学で育成をしているのに
それを役立てもしないで主婦となるだけでは税金の無駄遣いだ、
国家的に大変な無駄なことだと主張する「女子大生亡国論」に
同じ意見の論評だと明治生まれの父は
ひとり意を強くしていた。

父と同意見が世間で取りざたされていたので
私に対しても大学を出て何になるのだという学ぶ目的を問われて
働く男女の差別も比較的少ない教職へと進むことを
父に、はっきりと宣言せざるを得ないような気持ちでもあった。

そこに母の応援で、これからは男だの女だのの区別をなくす方向に
きっとなるし、お父さんの言うことを素直に聴いているだけの
”好い子”でなくてよいからと言ってくれた。

遠くの二期校へ、行きたいなら自分の思う方へ進んで良い、
お母さんが貴女を応援するからと、
跡取り娘(古い言葉ね!)と言われていた私を送り出してくれた。

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祖母も勉強が好きで田舎に埋もれるのはもったいないと
恩師に勧められ、自分も進学したかったが
一人っ子の跡取り娘としては、涙を飲んで
我慢せざるを得なかったという明治生まれの祖母。

そして大正生まれの母はその祖母の悲願でもあった進学を
懸命に勧めて援助してもらったのだという。
田舎の貧しい環境でありながらも周囲とは関係なく
女子医専という当時は進む人も珍しかった学校へ行かせてもらった母。
そのため父との出会いがあって、それが縁となって結婚したのだ。

そういう環境で生きてきた母の経緯もあり
娘の私の生き方に積極的に関係してくれたのだと思う。

生き方、人生につながることは、
その人の経緯を考え合わせるととても興味深いものがある。

人の運命なんてどうなるのか、わからないのが当たり前のもの。
これが結構大変な人生を決める岐路で、時期でもあったことは
あとでわかることだったのだ。


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そのように私を応援した母は
とても頼もしく見えて嬉しかった。
けれど、私を送り出した後の母の想いは
悩みの種ともなったらしい。

父に責められたのかもしれない。
娘の運命を母の一言があったために方向づけたという
ことも後になってちょっと重い決定の応援をしてしまった…、
その責任を考えるとこれで好かったのかと黙考したかも知れない。

知らぬは本人の私…。
暢気に幸せな大学生生活を送っていた。

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今の大学生は何を考えて、何を目指して
学んでいるのだろうか。

その時代なりの流れで、その流れに影響されながらも
自分なりの目標を掲げて学んでいることだろう。


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私は自分の子どもたちには、私の考えを
ましてや、人生に影響してしまうような重い決定である
進路を勧めることが出来なかった。

やはり自分のことは自分で決定することが大事ではないかと。
道しるべらしきものは一つではなくいくつかを示し
子どもは私よりしっかりしていると信じて
自分で人生の道を選んでほしいとしてきた。


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明日もきっと晴れるだろう。

良い天気に違いないと夕焼け空を仰ぎながら
終盤に差し掛かってきている、私の人生を振り返ってみた。

いつの間にか親から方向性を指し示されていた生き方を
余り外れないで生きてきたと感じながら、
ちょっぴり誇らしく感じるのだ。





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by nagotu3819 | 2016-11-06 01:38 | 私の原風景 | Trackback | Comments(4)

秋色に染まるドライブ

ちょっと車を飛ばし
秋色に染まりだしたハナミズキの並木を
見ながら走った。

少し緊張する速さ。
私がいつも運転する土地柄とは
多少違う気がする。

免許取得のころに、こわごわ走った道だった。シニアライフ

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今、車に乗っているけれど
自動車学校に通いだしたのは九月。
四十代最後の年で誕生日を目前にしたころ。
もっと早い時期、若い頃に
車の運転を習いたいと言ったのに
「どこへ行くつもり?」と夫に聞かれた。

近くに親類があるでなし、行くところも
聴かれると、どことも言えなかった。
車に乗れれば種々便利だろうと思うが、
確かに交通便の良い所に住まいして
車の運転をする必要としては、そんなにはない。
ちょっと出かけるなら自転車で十分だった。

ある時からカルチャースクール(社教センター)に
通いだして日本画を習うことにした。
スケッチブックから12号くらいのキャンバスになり
それを抱えて自転車で走らねばならないことになった。
歩道もない一級河川の堤防の道が近道だった。
かなり神経を使う近道を自転車で走った。

自転車のすぐ脇を普通車が通り抜ける。
時に車は私をこわごわ避けるように
速度を緩めて車は走り抜けた。

こんな時に車があったら…、
大きな荷物も平気で載せて走れるのに、
と思った。

「車でどこに行くの?」と問われたとき、
(天国へ行くつもり?)と彼が言っているように
感じて、運転免許の取得を諦めた経緯があった。

もちろん次のきっかけでは、彼の同意があったため。
49歳のとき誕生日を目前に「免許取る気持ちある?」と
問われた。
今更取っても…という気持ちは多少あった。

しかしこのチャンスを逃がしたら
一生ドライヴァーとして車には縁がなくなると思い、
免許の取得に挑んだという訳があった。

自動車免許の取得は、約2か月後の50歳。
ドライヴァーとして乗れるようになってからは、
かれこれ20年を疾うに超えた。



夫婦関係からいうと
一応は自分の意見や持論を主張はするものの
結果は彼を信じているから
彼の意図する気持ちに沿っていくことが多い。

私を知っている人には
信じられないかも知れないが
(ウフフ…ここまで言って許される?)
私は家庭の中では従順な方だと思っている。

年齢差と、
姉兄がいて三番目に生まれた彼と、
姉妹だけの最初に生まれた私の
組み合わせが、自然にそうさせたのかも知れない。

何かを決めるのは
一応私の気持ちや主張を言って、
または一方的な彼の意見をはねつけるような
強い主張を持ったりしたとしでも
最終的には彼の意見に従うことの方が多かった。

出された方針は、結果を見ると
彼の方針に染まって、
その方向に落ち着くことが多く、
そしてそれは間違いがない結果を導いた。


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この日は仲良く病院へ定期的な
診断を受けるために来た。

治療方針はこのまま続けて行くという結果で、
特に健康には気を付けて
毎日を過ごすことが
目下の我が家の方針である。







なぜか、9月をテーマにした歌。
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by nagotu3819 | 2016-10-14 06:41 | 私の原風景 | Trackback | Comments(6)

映画ジャングルブック (1951日本公開の思い出)

今回、私が懐かしさから観た映画は
「ジャングルブック」だった。
実は動物のCGを駆使して視覚的には満足のいく
ディズニー映画によるもので、
あの懐かしさ、観たいと思った
映画の内容ではなかった。

ジャングルブックはアニメもあり
漫画にもなったりで「これ!」ではなかった。
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観たかったのは、1951年に東京で公開された映画 ↑。

父と妹と観た映画「ジャングルブック」のリメークだと
期待していたが、そうではなかったのだ。
肩透かしを食らったような感じで、残念であった。


ディズニー映画↓ 「ジャングルブック」予告編


私が9歳のころ、父に連れられて観たのは、
当時大変珍しかったカラー映画。

イギリス(&アメリカ)製作の字幕スーパーなのだ。
その頃は日本語での吹き替えなどなかった。

字を読むのに一生懸命で、あらすじはかいつまんでの記憶。
恐怖でショックな部分くらいしか覚えていなかった。

小学生の女の子(私と妹)は、怖くて映画館を出ようと
父の膝にうつ伏せて、耳をふさぎたい気分で
涙さえ浮かべて懇願した。
私たちの懇願には画面を観なければそんなに怖くない、
大丈夫だと我慢を強いられたように覚えている。
父は戦後まもなくの頃評判の外国映画を
終わりまで見たかったに違いない。

子供(少年)向け映画である事は間違いないが、
色彩の美しさや美術の素晴らしさなど、
大人の鑑賞にも立派に耐える作品であったのだ。

オオカミに育てられたモウグリの顔、
秘密の洞窟で見つけた財宝の煌びやかな光
それを狙う人々、大蛇や虎たちの、得も言われぬ怖さ、
そして美しいインドの娘像~そんなところが印象に残っている。
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ディズニー映画「ジャングルブック」ではなく、
初めて観たカラー映画がどんなあらすじであったか
検索して調べてみた。

今は大変便利になっていて大昔の調べる困難さなど…
図書館で探そうなどは至難の業と思える項目も
PCでの検索で専門家のように調べることが出来るのだ。

お彼岸で父との思い出につながると
この映画の詳細が分かって、喜びもこの上ない。


当時私が見た映画「ジャングルブック」は下記のものだった。
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イギリス/アメリカ 映画■ 配給 ユナイテッド・アーティスツ 
1942年製作 108分

公開・北米:1942年4月3日 日本:1951年6月12日
アカデミー賞 ■第15回アカデミー賞
 ノミネート・撮影(カラ-)・美術(カラ-)
  ・特殊効果・ドラマ音楽賞

◆英の大物プロデューサー、A・コルダがハリウッドで製作した秘境冒険映画の元祖。
①あらすじ紹介インド・カニワラの町で講釈師バルディオ(ジョゼフ・キャレイア)の語ったジャングルの物語。猟師ラオは村を襲った猛虎シェア・カンに喰殺され、彼の赤ん坊はその騒ぎでジャングルの中へ迷い込んだ。狼の洞窟の中で眠った彼は、やがて父狼アケラと母狼ラシュカに育てられることになり、ジャングルの動物達に助け励まされてモウグリと呼ばれる逞しい少年(サブウ)に成長して行った。十幾年がたち、彼はシェア・カンに追われて偶然集落に近づいた。バルディオらは彼を魔性の野人と信じ込んだが、母のメッシュア(ローズマリー・デ・キャンプ)は本能的に自分の子と悟り、引取って育てることにした。人間の生活になれたモウグリはバルディオの娘マハアラ(パトリシア・オルウク)と親しくなり、彼女をジャングルの宝庫に案内した。バルディオは宝庫の在処を教えろと強要したがモウグリは承知しなかった。彼はシェア・カンを倒したので、バルディオは大変おそれ、モウグリを焚殺そうと図った。母の命乞いにより彼は助ったが、バルディオはわざと彼をジャングルに逃がしてそのあとを追い、宝庫の在処を発見した。ところが持帰る途中の仲間割れでバルディオは一物も取らずに逃げ帰り、怨みが昂じてジャングルに火を放った。大火災はついに集落へ移り、メシュアも焼け殺されかかったが、象に乗って駆けつけたモウグリに救われた。彼は母やマハアラの止めるのも振りきって再びジャングルに戻って行った。

②詳細あらすじ語り部の老人バルデオは、自分の写真を撮ろうとしたイギリス人女性に、金を払って話を聞けばインドの全てが分かると伝える。そして、女性から金を受け取ったバルデオは語り始める。

バルデオは、弱肉強食の中で生きるジャングルの動物達や、殺し屋である人食い虎の”シアカーン”のこと、そして人間の話をする。

ある村で、ラオ妻メッシュア息子ナトゥーが姿を消してしまう。慌てるメッシュアからナトゥーがいなくなったことを知らされたラオは息子を捜し始めるが、シアカーン(人食い虎)に襲われてしまう。ラオは殺され、男達は槍を持ってジャングルの奥に向いナトゥーを捜す。その頃ナトゥーは、狼に導かれて洞窟へと向かっていた。

バルデオの話に聞き入る女性は、メッシュアや幼いナトゥーを気の毒に思う。
狼に育てられたナトゥーの話を知らないのかとバルデオに聞かれた女性は、それが真実であることを伝えて話を続ける。

恐れを知らずに洞窟に入ったナトゥーは、狼の子供達と戯れる。狼の父アケーラ母ラクシャーは、シアカーンが人間の子を襲うのを知っていたため、ナトゥーを家族に迎い入れた。狼の両親に”モウグリ”(毛のない動物-蛙)と呼ばれて育てられたナトゥーは、ジャングルの動物達と友達になるが、唯一の敵がシアカーンだった。

女性からモウグリがシアカーンに殺さたのかを聞かれたバルデオは、20年が経ち、モウグリがシアカーンに追われていたことを語る。
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ある日、シアカーンから逃れたモウグリは、人間の村にたどり着く。
その場に向い、火に触れて熱さに驚いたモウグリは叫び声をあげ、それに気づいた男達に追い詰められて捕えられる。
男達は、怯えるモウグリが初めて見る火を怖がるため野性児だと気づく。少年が、いなくなったナトゥーではないかと聞かれたメッシュア(母)はそれを否定するものの、彼を育てたいことを男達に伝える。しかし、バルデオは少年を悪魔だと言って、この村に災いが起きると警告する。
少年を気にする娘マハラに、彼を見るなと命じたバルデオは、男達に好きにするよう伝える。メッシュアは少年を家に連れて行き、彼がナトゥーに似ているように思える。警戒する少年に”母”という言葉を教えたメッシュアは、名前が”モウグリ/小さなカエル”だと彼から知らされる。

その後、モウグリは人間の言葉や習慣などを覚え、マハラは彼に惹かれる。お金というものを知ったモウグリは、宿敵の虎シアカーンを倒すために、それでナイフを買いたいことをメッシュアに伝える。お金をもらったモウグリは喜び、マハラの家に向かい彼女と話をする。
帰宅したバルデオは、”獣”とは話してはならぬと言ってマハラに部屋を出るよう指示する。
モウグリがナイフを手に入れればジャングルに帰ると言うため、それを売ったバルデオは彼を追い払う。その話を聞いていたマハラは、ジャングルに帰るのが怖くないのかとモウグリに尋ねる。

狼族の自分が恐れるはずがないと言うモウグリは、シアカーンを倒し止めを刺すことを誓ったことをマハラに伝える。動物と話せると言うモウグリはその場にいた猿と会話し、マハラは狼と話す姿を見たいと伝え、ジャングルでそれを体験させることを彼女と約束する。
その夜、マハラを連れてジャングルに向かったモウグリは、森に向かって吠えて狼と会話する。ジャングルが歓迎していると言うモウグリは、マハラと共にその奥深くに向う。
警戒するモウグリは、共に育った黒ヒョウのバギーラと再会する。失われた町にたどり着き財宝の部屋を見つけた二人だったが、マハラがコブラに襲われそうになる。
財宝を守るコブラに話しかけるモウグリは、年老いたコブラを捕まえて毒も持っていないことをマハラに知らせる。宝が人間に死をもたらすと言われたモウグリは、マハラに1枚の金貨だけを持たせて村に戻る。

翌朝、眠っていたマハラを起こしたバルデオは、彼女が持っていた金貨に気づき、失われた町でコブラにもらったことを知らされる。そのことを誰にも話してはならぬとマハラに伝えたバルデオは、金貨を手にしていたものの落してしまう。それが転がり落ちてきたことに気づいた床屋は、それを足で踏みつける。そこにバルデオが現れたため、足を動かせない床屋は焦る。床屋に足を上げるよう指示したバルデオは金貨を確認し、彼とその場にいた僧侶に、ジャングルの奥の失われた町に財宝があるらしいと伝える。

ジャングルで目覚めたモウグリは、シアカーンが来ることを察して村に戻る。村は混乱し、メッシュアにシアカーンを倒すと伝えたモウグリは再びジャングルに向かう。バルデオは、必ずモウグリを捜しだすとメッシュアに伝えて安心させる。ニシキヘビのカーの元に向かったモウグリは、シアカーンの居場所を知る。
モウグリはカーに案内されて川を上り、単独でシアカーンを捜す。シアカーンを見つけたモウグリは、相手を威嚇して川に飛び込む。それを追ったシアカーンと川の中で格闘になったモウグリは、相手を倒してそれをジャングル中に知らせる。
そこに現れたバルデオは、モウグリに銃を向けて財宝のある場所に案内させようとする。

しかし、バルデオは黒ヒョウ・バギーラに襲われてしまい、それが姿を変えたモウグリだと思い込む彼は気を失う。目覚めたバルデオはヒョウがモウグリに戻っていると思い、彼を神のように称える。
バルデオは、そこに現れた床屋と僧侶と共にモウグリをマハラジャと言って崇め、財宝の場所を教えてほしいと伝える。モウグリは、欲深い者は村に帰れと言って笑いながら三人を追い払う。

バルデオは、モウグリが黒ヒョウに姿を変えた床屋と僧侶に伝えるが信じてもらえず、バギーラの吠える声が聞こえたため三人はその場から逃げる。シアカーンの毛皮と共に村に戻ったモウグリだったが、バルデオに捕えられて鞭打たれる。悪魔か魔女かを問われるモウグリは、バルデオに財宝のことを白状するよう強要される。
火炙りにされそうになったモウグリを助けようとするメッシュアは、秘密を話すよう彼に伝える。メッシュアは死を覚悟するモウグリの拘束を解き、その様子を見ていたバルデオは、床屋と僧侶をジャングルに向かわせる。わざとモウグリを逃がしたバルデオは、魔女だと言ってメッシュアを捕える。
バルデオらの魂胆を知ったモウグリは、彼らをジャングルの奥に誘い込む。三人は失われた町にたどり着き財宝を見つけて驚き、床屋がその場所に下りる。e0228147_20530686.jpg
バルデオは財宝を守っていたコブラを銃撃し、床屋は財宝の山に興奮する。三人は財宝に魅了されるものの争いを始め、モウグリはその様子を見てコブラが言っていた通りだと考える。争っている場合ではないと言って床屋と僧侶を落ち着かせたバルデオは、財宝を集めてその場を出ようとする。
そこにバギーラが現れ、モウグリが陰に隠れて三人に警告する。三人は警戒しながらその場から脱出して川を渡り、モウグリは彼らを監視する。夜になり、僧侶は眠っていた床屋を殺し、彼の財宝をバルデオと分け合う。
その後、僧侶はバルデオに襲いかかるものの、川に落とされてワニの餌食になる。モウグリは、バルデオを追い払うようバギーラに指示する。バギーラから逃れたバルデオは、相手が魔物だと考え正気を失いかける。象の軍団の指揮官ハティ(ゾウ)は人間を殺すと言い出すが、モウグリは、ジャングルが彼らを追い払うと言って村に向かう。
村に戻ったバルデオは、ジャングルを焼き尽くそうとする。その火は村にも被害を及ぼして人々は避難する。そこに戻ったモウグリは、メッシュアが捕えられたことをマハラから知らされ、彼女に安全な川に向かうよう伝える。
メッシュアを助けたモウグリは、自分を育ててくれた仲間達の元に向かう。モウグリはハティの背に乗り動物達を導き、やがて失われた町にも火が移り焼き尽くす。
やがて火は収まり、メッシュアに別れを告げたモウグリはジャングルに戻る。

マハラジャになれなかったことを語るバルデオは、ジャングルに負けたと話す。モウグリやマハラがどうなったかを尋ねる女性に、それは別の話だと語るバルデオは心づけをと彼女に伝える。《原典はネット


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素晴らしい! ネットの検索は!!
こんなに詳しく当時観た映画の内容が分かるなんて…。

コブラが宝を守っていたこと、
床屋が転がってきた金貨を足で踏みつけて
自分のものにしようと隠そうとしたこと…
なんと、その場面を覚えていたように浮かんできた。

1951年に観たとすれば、8~9歳となっていたのか…。
では覚えていなければと思うが、本当に田舎者であったことがわかる。
映画で演出しているということは
おぼろげにわかるのに、とても怖がって映画館に
いたたまれなくなって父を困らせたとは…。
でも、本当に怖かったことを思い出す。
当時は新鮮で透明感のある空気の田舎に住んでいたので
ちょっと都会の人ごみにまみれ空気が濁っていると
感じるのか、頭痛がしたものだった。


このオオカミに育てられた人間は、オオカミのように生長するし、
人に育てられてこそ、人間らしくなるという
心理学での環境の大切さの例として大学生になって聴いた時に、
はるか昔、子どものころに観た映画を思い出していた。

実際にあったというオオカミ少年のことも分かって
このジャングルブックは実例からこの物語が
生まれたのかも…しれないと思えた。


e0228147_18012193.jpg

先ほど観た映画のことや、母がこの近くの病院で
お世話になっていたこと。
当時お見舞いに来てはよくこのスーパーで買い物をしたことなど
父や母の思い出に広がった。

人は二度死ぬという。
一度はAと言う人の肉体の死、
もう一つはAにまつわる思い出を持っている人Bの死が
Aについて実感を以って思い出を語れなくなった時に
二度目の死と言えるという説がある。


家に帰って食事をしようかとは思ったが
思いが多すぎて
10月初めまでご優待券がちょうどバッグにあったので、
寄り道してランチを頂いた。

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如何にも家で食べるようなお食事で
ホッとして食べたのだった。










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by nagotu3819 | 2016-09-24 23:19 | 私の原風景 | Trackback | Comments(2)

お祝いパーティー(敬老の日と誕生日)追加:2画像

今月は私の生まれ月です。…といっても、月末ですが。
子どもたちも孫たちもそれぞれ月日を重ねると
みんなが集まる日にちが設定しづらくなりました。

そこで、
敬老の日と、お母さんの誕生祝を兼ねてしたいのだけれど…と
相談がありましたので、娘たちの負担もそれ程大変ではない
連休の一日をお祝いの会に当てて
開いてもらうことにしました。

忙しい中、いろいろの心遣いをみんなから頂きました。
本当にありがたいことです。
嬉しいことです。

e0228147_05335712.jpg
ちなみにろうそくの数は年齢と関係ありません。
敬老の日と、誕生日祝いの会ですので
もろもろの願いを込めた灯りの数です。

誕生日の歌 ”ハッピ バースデイ トゥ ユウ” を
みんなで歌って、それからろうそくの灯を
一気に消しました。

あ~、一息にはとても無理です。
何回かに分けて吹き消しました。

ここに出られなかった家族への思いも併せて
3回くらいで消すことが出来ました。


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(追加画像:あーちゃんが 一番うれしそうだね)


みんなが幸せな笑顔をしているのを
見せてもらっていることが
何よりものプレゼントなんですもの!!!

…と言っても、何かとプレゼントの品物を用意してくれました。

私の好きなバッグ類やお花のコレクション。
プレゼントに頭を割いたことでしょう。

でもね、娘たちは
母親の好み、好きなことなどお見通しです。
嬉しかったし、その上これらは記念でもあり
思い出につながるのですから…。

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幸せで愉しい談笑を繰り広げました。


台風が近づいています。
来るときは長居はしないようにしようと
思っていたのに、さようならは20時を過ぎていました。

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皆さん、ありがとう…!
これからも健康に気を付けて
なるべく元気に過ごしたいと
強く思ったことでした。










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by nagotu3819 | 2016-09-21 06:00 | 私の原風景 | Trackback | Comments(12)

三世代なんです!

8月も半ばを超えました。
このあたりで夏の暑さのため疲れが出たり
体力が落ちていると
夏風邪とやら、ちょっと厄介な風邪にかかって
しまったりする人も居ります。

おかげさまで、どうやらこの夏も
難なく過ごせそうな気配です。

百日紅(これは白花だけれど)も、
次から次へと新しい花を咲かせて
私たちに元気をくれます。
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ところで先日一番年上の孫の
かつての保育園の前の道を通りかかりました。
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懐かしいことにもうすぐ20歳になるRちゃんの作品が
まだ保育園の前の通りに面した垣根に
飾ってありました。
色の鮮やかさは大分薄れてきてしまいましたが、
祖母としてはまだ飾ってくれているという
有り難さ、嬉しさがあります。

初めての集団生活に慣れていない時期に
拒んで泣いていたRちゃんを愛おしく感じたり…、
何とかなると鬼の心で
老いた母のもとに戻らなくてはならなかった当時を
思い出したりしました。

もうRちゃんは大学生ですのに、
私は保育園に通っていたRちゃんの比較的間近にいて
風邪で熱有りとした時に、働いていた母親に代わって
保育園に飛んで行ったことも
お昼寝布団を母親に代わって園に持って行ったり
休日前はお布団をお日様に当てて干すために
持ち帰ることも手伝ったりしました。


そんな子供が今では立派な大人です。
月日は断りもなく進んでいくのです。



ある日のこと
勤務で忙しい娘たち一家の都合に合わせて、
集まれる家族が、
その日に集まりました。

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みんな大きくなったこと。

親子はどこかしら相似形ですと、
数学で相似形を説明する先生は説かれました。
その話を思い出すような顔をそろえてしまいました。

そしてここでは見せたくはないと思いつつ、
アップしてしまいます。
内心は誇らしい気持ちも、す・こ・し…。

若い娘の手の甲、その母の手の甲、そしてまた、
その母の手の甲と並べて見ました。

流石にその歴史を見せて
(結構な大人も、まだ”ペンだこ”を残しているんだ!)
手の甲は写真に納まったのでした。






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by nagotu3819 | 2016-08-16 10:02 | 私の原風景 | Trackback | Comments(6)

思い出深い小学校でのこと

60余年の昔となる
こんな思い出が浮かぶのは何よりも
年を取ったという証拠なり…だ。

思い出深いことは
戦後10年程の昔である。

日本中が貧しかったろのことだ。
ある日小学校に収める集金日の出来事…。
友だちの集金袋からお金が無くなっていた。

その時の先生の対処の仕方が
あっぱれで感激したので、家に帰って
私は興奮して両親に報告した。
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この時に両親は普通の事柄として
ただ聞き流す感じで受け取っていたとしたら
こんなにいつまでも脳裏に残るような、
刻まれるようには残らなかったかも知れない。
両親が深く、そのことを認めてくれたため
とても印象が強まったのである。

小学校の高学年になっていた。
先生はちょっと難しい話をされた。
天知る 地知る 我知る」という言葉だった。

如何に周囲の人間がその行為を知らなかったとしても
黙っていても「天」は知っている
そして「地」も知っているのだ
その内緒の出来事を「自分」が知っている。

何よりも恐ろしいことには
その自分だけが知っていることなんだよ。
それは時に
自分が自分を責めることもするだろう、
負い目を感じながら生きていかねばならないのだ。
罪の意識を感じる心があるなら
その盗んだお金は返しておきなさい。
これから返すチャンスを作ります…。

渡り廊下を渡って宿直室に
箱を置いておきます。
その箱はいつも蓋を閉めた状態にしましょう。

そして誰の時には無かったとか
有ったとかは一切言うことはなりません。

これは約束です…と。

さあ、全員が宿直室に
行ってもらいましょう…と。

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そして一人ずつクラス全員が、
誰も居ない宿直室へ行き、
黙って教室に帰ってきた。

最後に先生がその箱を持って戻られた。
なんと
無くなったお金は無事に箱の中に
収まっていたのである。

まるで何かの本にあるお話のように
明確に覚えています。
高学年になっていた私は大感激でした。
誰も傷つけず、誰も無関係な風情で、
その大事なお金が学級に納められたのだったから。

有島武郎の「一房の葡萄」を
思い起こさせるように感じる快感でもあったのだった。

その指導者・K先生がこの度亡くなられた恩師なのだ。
そして恩師とは縁あって
恩師の甥と私の妹は結婚と相成った。
ご縁とは異なもの、味なもの。


先生のデスマスクはまるで眠っているような…。
(もうお別れだよ、大好きな話もできなくなったよ。)
そう言っているような、
それもすっきりしたお顔つきながら
きっちり結んだお口元は先生っぽくない
ような気持ちでのお別れとなった。

お話し好きの先生の声が耳に残っている。
笑い声が耳に残っている。
さようなら、Kondou先生。







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by nagotu3819 | 2016-08-01 07:14 | 私の原風景 | Trackback | Comments(4)

一生に一度の名誉なこと

「春の叙勲 勲章伝達式」に参加してまいりました。
一生に一度の体験と心に刻み、感激の一日でした。
私は何にもしていないのに、ベターハーフ、私の相棒の
彼の業績があったればこそ…と。
日ごろはちょっと彼に対して生意気な態度をとったりしますが
今日はひたすらお蔭さまと心から思いました。
とても誇らしいと思いました。現金なものです。

生活に品格は持ちたいと思うけれど、
世間一般からは少々ずれているような日常が展開され
どなたも真似をし難いような傾向の生活を
繰り広げていると思っています。
そんな風に私が思っているとは
彼も知らないかしら?

娘たちには「パパと結婚して良かった」と
スピーチするほど素直な気持ちで
喜びに満たされました。
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夫は、瑞宝中綬章を受けました。
勲章がどうというのではありませんが、
こうして夫が好きなことを一途に生涯をかけて研究した
その成果と言いましょうか。
自己満足だけではなく推薦されて選ばれたということに
本当によかったねと称えたいと思います。
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受章式会場近くのホテルはどこも満員。

娘が会員となっているホテルを選ぶことにしました。
子や孫たちと、叙勲のあと、お祝の席を準備してもらい
早速頂いた勲章を披露できるよう段取りよく、
受章後計画を娘たちが設定してくれました。

私の衣装は、色留袖に決めました。
このとき以後はあまり活用されないだろうと思われるし、
着用後の始末も気にしなくてもよいし貸衣装は満足でした。

夫が主役なのだからあまり仰々しくないもの、
華美に目立ち過ぎないもの、と自ら注文していました。
ただ、帯は汚れにくく後の手入れの心配は少ないので、
自前にして、金糸銀糸のバックと草履は、
多少奮発する気で新調しました。

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このホテルは娘の家の近くですが、衣装の着付けや結髪など
早朝にスタンバイしなければなりません。
7時半には美容室に行くことになったので
娘宅よりもホテルに泊まるのが一番としました。
その前日の夕飯は、ちょうど学校のことなど都合よく
時間ができた孫娘と長女がホテルに会いに来てくれまして
夕飯を食べたりして、ひと時を楽しみました。

名誉教授となっている国立大学から、
伝達式等についての注意書きが12ページにわたって
約一か月前決まった時点で送られていました。
一番には時間の決まり、勲章を持ち帰るバッグなど、
写真も伝達式の時は邪魔にならないような範囲で
撮っていいが皇居内では撮ってはいけない、
さらに業者の勧誘には気を付けて…などまで、
かなり行き届いたご注意の文面でした。
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夫は番号が早いほうだと知りました。
いくつにも受付の場所が分かれていましたが、
受付第1係でした。
そういえば皇居に移動のバスは、なんと34台も連ねて
おりましたが、私たちは第3号車。
なんでも早い順番で先にされる取り扱いでしたので、
夫のもらう勲章もそういう位置だと実感しました。
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伝達式の会場では配偶者は叙勲者とは別の席に座ります。
叙勲者は指定された席ですが、配偶者は2階の自由席です。
たまたまお隣の席の女性は広島から出席とのことでした。

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このたびの叙勲者の中には、代表で北島三郎さんが
壇上に認められました。
サブちゃんは馴染みのない本名で呼ばれていましたが、
文科省 馳大臣は勲記を読んで手渡すときに”サブちゃん”と
呼んで渡されたので会場はわぁ~と小さくざわめきました。
ほかに宝塚スター鳳蘭さんや俳優の富司純子さんが
居られたようでした。
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初めに例のごとく全員が立位になって、国歌斉唱です。
そして勲記と勲章を代表に渡されて式が一通り終わるころ、
山田流筝曲の演奏がこの祝う気持ちを称えるように
演奏してくださいました。
e0228147_00492620.jpg
彼の勲章は首から下げるタイプのものでした。
思ったより立派で美しいと思いました。
こんな感想を述べるとは…、
恐れ多くも…というべきことかもしれませんが。
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皇居への道のりを撮りましたが、皇居内では撮影禁止。
残念でしたがそういう決まりで仕方がありません。
皇居宮殿では春秋の間に通されました。
天皇陛下は3時30分にきちりとお出ましでした。
私たちは1時間近く前にスタンバイです。
叙勲者は9列、配偶者は5列と指示されて並んで待ちました。

配偶者は主に女性、叙勲者は主に男性です。
その整列の上手さはやはり叙勲者でした。
女性たちは男性の並びの約半分なのに待つ間のわずかな時間に
すぐ乱れます。3列になったり、4列のところもあったり…。
春秋の間に入るときはきちんと5列でしたのに…。
なぜ、きちんと整列できないのか不思議な気がしました。

やがて、私たちには見えないけれど、ガラス障子のような
入口がスススーと音がして開きました。
いよいよ天皇両陛下がお出ましになられたと
その音で思いました。
ガラス障子の音でしかわかりません。
なぜなら、叙勲者の男性が9列の厚い層で、
女性よりも背丈の大きい方たちですから。

天皇陛下のお言葉は
「皆さんおめでとう。日夜 研究にお仕事に励まされ、
日本の人々ために役に立つ成果を収めてくれたことは、
非常にうれしいことです。
心から感謝をするとともに礼を言います。
また更なるご活躍を期待しています。」

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文科省の進行役は、待ち時間を上手に冗談を交えて
緊張を解きほぐすような配慮がありました。
陛下のお話が終わると、皆さんの周りを近々に歩いて
退室されますが、三番目に歩かれるのが陛下です…
と、説明されていましたけれど…。
もちろん日本の国で陛下を知らない人はいませんもの。
ちょうど男性と女性の区切りにほぼ3mくらいの
道を作っておりましたので
女性の前の人と男性の後ろの人たちの通りを
進んで来られました。

ちょっと寂しいと思ったのは、皇后さまがお見えに
ならなかったことでした。
やはりこういうときに感じるのは、女性は「華」なんですね。
叙勲者だけでなく配偶者も呼ばれたのは、
華という役割もあったんでしょうか。
衣装はこれこれという指定も、礼服であること、儀礼であるので
大事なことですね。
実はスーツ、ワンピースとも書かれていましたので
畏まった服を新調したいと思ったのです。
それなら人手を借りなくても上手に着用できますもの。
でも、和服で出席できてよかったことと感想をもったのでした。


陛下よりいただいた餡入り和菓子です。
ここに集まったみんなが
一口ずついただきました。
この日のために平日ではあったのに、
それぞれ仕事がある日に
一族が集まって祝うことができました。
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それぞれが色紙に寄せ書きをしてくれました。
お母さんも書いてくださいと言われて、一言お祝いを書いておきました。

このページの冒頭に書きましたことー、
Mさんと結婚してよかったということです。
いろいろなことがあったけれど、
こうして良い子たちに囲まれ、前途ある孫にも恵まれたことは
Mさんと結婚したからです。うれしい日です。
有難う、そしてMさんおめでとうございます…と。

夫も家族の会、お祝いの中でスピーチをいたしました。
私の心に残る言葉には、
今まで妻に、子供につらいことも強いてしまったこともあった、
自分の研究に没頭するあまりに、今思えば悪かったと思う
(え?そんな…)こともあったなぁと思う。
それから、まだもう一冊本を書かねばならないと思っている。



まだまだ頑張ろうね。
応援しているから大丈夫です。
でもいつものように凝りすぎないように。
完璧ばかりを追わないで気楽に纏めてね。


いろいろな研究をした中で中心となった研究は、『対人魅力』という分野で、人に対する好意(好き)と愛を区別したことです。

「人間は、自分により多くの成果(満足)をもたらしてくれる他者に好意を抱く。しかし、愛はむしろ他者に対して成果をもたらすことからなっているといえる。好意の形成が自分本位の利己的なものであるのに対して、愛は相手本位の利他的なものであり、好意と愛はこの点で対照的なものであるといえる。好意の強烈なものが愛ではないのである」。


「愛」は人を優しく包んだり、かばったりなど、人のため、他の人を想ってする行為と言えるが、「好き」は自分が主体で自分の赴くままに相手がどうあれ自分自身の感情のことだと、はっきりと区別している。
この理論を読んだものは、これを納得し今の感情は「好きなのか愛なのか」を識別する大きな手掛かりだと、夫は言う。
〈そう言われればそうだわ〉と、私も思ったが、インターネットで取り上げられた研究者から、教鞭を取る方々まで、明解な解釈がなされたため区別して教えられると喜びを隠せない反応だった。
その理論を手づかみで救い上げられ「ナントびっくり! 好きと愛は違うなんて!」とこの理論に目をつけて噛み砕いて教えられた諸先生方に、理論を解き明かした夫は、感謝申し上げたいと感じたようだった。

また、以前話題の中で面白いことを耳にした。
「愛」は真ん中に心があるので真心、「恋」は下に心があるので下心、…
う~ん?! はじめ言葉で言われたので、何を言われているのか即座にピンとは来なかったが、その文字を思い浮かべて「なるほど!」と思った。
面白いということも…だが、「それも真だわ」と、手を打った。
文字を思い浮かべればわかりやすい表現だった。
果たして文字の成り立ちからは、そのことを言っていたのかは疑問であるが…。













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by nagotu3819 | 2016-05-29 05:05 | 私の原風景 | Trackback | Comments(20)


その時々の想いを趣味や日々の献立などを載せながら楽しくアップします。ブログ内の記事等の転用は管理人にご一報ください。


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