カテゴリ:私の原風景( 47 )

今日は娘の誕生日です

マタニティドレス姿で、若かった私。

産休前の職員が揃った時の写真です。
この時から約5カ月後には長女出産で、身二つとなっていました。

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職場に近い総合病院を選んで、母子手帳を持って
定期検診を受けていました。
勿論、この病院で出産するつもりでした。

e0228147_08274234.jpg 前日夜にお産のお徴があってから夫運転の車で
道路のすいていた夜でしたから
2,30分はかかったと思います。
途中気分が悪くなって、道端に
吐瀉もしました。

病院に着いて順調にお産は進んで
早朝に誕生。初産にしては
割りと軽い出産でした。

当時は勿論立ち会い出産などありませんでした。
夫は生まれたばかりの赤ちゃんと
カーテン越しに「はじめまして」の対面が
出来たようでした。

赤ちゃんの身体がまだきれいになっていない、
産湯前の長女を目にして新米パパ(夫です)は興奮していました。

赤ちゃんの印象を述べるとしたら定説が
(猿みたいだ)(赤いから赤ちゃんだね)と言うのが当たり前。
それが「可愛い、佳い子だ」「色白になりそう」
「世の中をはっきり見たいと言うように大きな目を
開けていたよ」と有頂天でした。
(まだ目は見えていないのにね。)


産婦さん二人部屋です。
赤ちゃんも同室です。

飽きずにこの初めて授かった
命の不思議さをしげしげと眺めて
小さな爪をみたり自分の記憶のない時間を
見せて知らせてくれているようで
興味津々でした。

それから、出産当日ですから疲れて眠ってしまいました。
その後、同室の新米パパが奥さんのお見舞いに来られたようで、
うちの子のベッドを覗き込みながら
「可愛いなぁ」「女の子らしい優しい顔だ」と
盛んに言っている声で目覚めました。

私はまだ、そっと眠ったようにしていました。
うちの子のお隣のベッドには男の赤ちゃんが寝ていました。

「貴方は女の子が欲しかったの?」とあまりに可愛いと
連発して言う彼女の夫に対して尋ねていました。

男の子誕生のママはきっとお望みの男子誕生で
誇らしかったに違いなかったのに…、
そして出産で疲れているに違いなかったのに、
とてもそのママが気の毒になったのは言うまでもありません。
「女の子の方が良かったの?」というやや恨めしいほどの
問いかけをしたくなったのも頷けます。

確かに我が子は光り輝いているような女の子!!
(親バカを言わせてください)だったかもしれません。
輝やかしい竹があって見つけられた「かぐや姫」は
こうだったの??という思いが膨らむようでした。

でも、お隣の新米パパが気遣いのないことを言うのが
とても気になりました。
未だにはっきりと覚えているくらいです。



たまたま早起きで今日のNHKラジオを聴いていました。
今日の誕生花を話していました。

(サラシナショウマの画像はネットからお借りしました)
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この日の誕生花は、更科昌磨(サラシナショウマ)です。
決して派手ではなく目立ちたがりではありません。
本当に雰囲気が良い人です
…と、アナウンサーが言っていました。
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サラシナショウマの花言葉は
温かい心、愛嬌、無邪気、雰囲気の良い人

ちなみに誕生石はオパールで「希望の石」
人々の心に喜びを与える幸福の宝石
数ある石の中でも非常に明るく強いエネルギーをもっている

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他の人の気持ちを考えている子です。
サービス精神が旺盛だとみています。
頑張りが効く努力家と思います。


なお、サラシナショウマは日本薬局方に収録された
解熱、解毒、抗炎症作用があります。









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by nagotu3819 | 2017-10-08 06:01 | 私の原風景 | Trackback | Comments(10)

子どもの頃に歌った遊び唄 (2)

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歌いながら遊び、遊びながら歌うという
歌と遊びのコンビの遊びは
主に女の子が楽しんでいたので、
男の子はどんな遊びをしていたのだろうか。

魚釣り、かけっこ、ドッジボールなど
身体を激しく動かしたり遠征したりの
遊びは耳にしていたけれど…。

女の子は手先と同時に身体をタイミングよく動かして
バランスなどを体で覚えていくようにしていたようだ。

今の子のタイミングを大切にしている遊びに
集中しているように思う。
それも精度の高いマシンによって
指先や頭脳が鍛えられている遊びが多い。





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縄跳び歌

お嬢さんお入り
もうかれこれ12時だ
1時か2時か3時か4時か5時か
6時か7時か8時か9時か10時か

(そこに遊んでいる子供の数で「何時」か決まる。
そして大繩に入ってきた子供が揃ったら、一人ずつ出て行く遊び。)e0228147_07272787.png

または

お嬢さんお入りなさい
はいよろしゅう
ジャンケンポン
負けたお方はお逃げなさい
(上記は私の覚え間違いかも知れない。)





手毬歌

あんたがたどこさ
熊本さ
熊本どこさ
肥後さ
肥後どこさ
せんば(洗馬・船場)さ
せんば山には狸が居ってさ
それを猟師が鉄砲で撃ってさ
煮てさ 焼いてさ 食ってさ
それを木の葉で
ちょっとかぶせ
(毬をドリブル?するが、その歌の「さ」で
片足をクルリと毬をくぐらせて毬をつき続ける。
その歌の最後に身に着けていたスカートで毬を隠す。
スカートで包み込むが毬が仲間から見えるとアウトとなる。)

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大人から、"子どもは 良く遊び よく学べ”と言われたが
遊びを通して人として生きる術を学んでいたことが
大人になって振り返れば納得する。

身体の機敏な動きは縄跳びや毬突きなど、
また自転車を乗りこなすバランス感覚など
自然のうちに訓練していたのだとわかる。

e0228147_07302965.png今の子は精度の高いマシンによって
指先や頭脳の働きによって鍛えられる遊びが多い。
指先と頭脳の連携というか、それらのタイミングを
重視する遊びに集中しているように思う。

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その遊びは大人になっての認知機能が廃れるのか
磨かれていくのか、今よりは認知症が少なくなるのだろうか。

その結果は30年後くらいにははっきりするのかも知れない。
または逆効果となる結果が出るのかも知れない。

長い目で見守っていくべきことなのかも知れないだろう。

子どもの遊びから色々と発達・発展するという面で
注目したいものである。






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by nagotu3819 | 2017-09-19 06:43 | 私の原風景 | Trackback | Comments(2)

子どもの頃に歌った唄(1)

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ある日思い出しながら、懐かしみながらコメントの一文に
子どもの頃に歌った唄を思い出して載せたことがあった。
それはさようならの時に歌う尻取り唄。
(子どもが好んだ唄は時に下品。家で歌うと叱られたのだが。)


さよなら三角 また来て四角
四角は豆腐、豆腐は白い、白いはうさぎ、
うさぎは跳ねる、跳ねるは蚤、蚤は赤い、
赤いはホオズキ、ホオズキは鳴る、鳴るはオナラ、
オナラは臭い、臭いはウンこ、ウンこは黄色、
黄色はバナナ、バナナは高い、高いは電気、
電気は光る、光るは親父の禿げ頭

「鴉が鳴くから帰ろ…」と、
明日また遊ぼうという気持ちでさようならの
歌を唄いながら、それぞれに家路に向かった。

外遊びで10人くらい群れをなして遊んでいたころ、
夕方になり空が赤く染まりやがて暮れかかりながらも
遊び仲間と別れるのがつらいのだ。
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なかなか終わらない歌を歌い、
友だちの歌声を確かめながら友と離れゆき、
それぞれの家へと向かって行く。
後の方の歌は友の声も聞こえず自分の声を
確かめつつ歌いながら帰って行ったものだ。
懐かしいなぁ~。

田園風景そのものの中に居た時期があったことは
今振り返ると幸せなことだった。

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色白し
お袖は赤し
紀伊(黄)の殿様
葵(青・緑)のご紋で
お馬は黒し

この色彩を詠み込んだわらべ歌…、
白・赤(朱)・黄・青(緑)・黒
上の5色の色を使った子どもの着物の
華やかに色付けた模様の
着物はおめでたいのだと
歌い、着物の模様を指さして
五つの色を確認しながら歌った。
そして自分のお祝い着は、格調の高いものだと
勝手に安心していた。

手毬歌もお手玉遊びにも
唄が必ずあった。

妻女山は霧深し 千曲の川は浪あらし
 遥かにきこゆる 物音は 逆巻く波か つわものか
 昇る朝日の 旗の手のきらめくひまに くるくるくる。
車がかりの陣ぞなえ めぐるあいずの鬨の声
あわせるかいも あらし吹く
敵を木の葉とかきみだす
川中島の戦は 語るも聞くも 勇ましや。
唄で調子をとって手の動きでお手玉で遊んだ。
この歌は難しいし、お手玉を3個あやつるので
最後まで歌いきるのも難しく、途中でお手玉を
手から外して落とす場合が多かった。

ゴム毬でも歌いながら遊んだものだった。

そして日露戦争が始まったとか、敵の大将はクロバトキンだとか。
お詣りの数え歌はやはりお手玉で歌ったか。 

一番初めは一宮、二は日光の東照宮、
三は佐倉の宗五郎、
四はまた信濃の善光寺 五つ出雲の大社、
六つ村の鎮守様、七つ成田の不動様、
八つ八幡の八幡宮、九つ高野の弘法様、
十で東京泉岳寺。
今は単なる懐かしさで思い出しているのみなのだけれど。
こういう思い出は子どもの頃の風景が浮かびきて
自分が年取ったと自覚するのである。

よく年寄りが昔話をするのに似ているが
忘れつつあるものを認知症予防ではないが、
思い出しては一人快感を味わっている
部分もあると言える。

(画像等はインターネットから拝借)



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by nagotu3819 | 2017-09-17 06:40 | 私の原風景 | Trackback | Comments(4)

みんなの夏休み 始まりです


我が家は子どもたちが、それぞれの核家族に
分裂して、娘たちの「家族」としての成長を遂げている。

大きくなった孫たちのスケジュールも考え合わせて
どの日なら、子どもたちの参加も可能だからと、
他の人たちの日程の問い合わせがある。

私は成長盛りの孫たちの顔をみて、
その様子を知り目を細くして見守っているのだ。
どちらの祖父母も孫を観る態度は似たり寄ったりでは
ないかと察している。

これは全くの手前味噌だから、このページを観ても、
「あ、そう...」くらいのところであろうが、
日記だからこんなもの、一つの記録なのである…。

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前置きが長くなったが、
夏休みが始まって間もなくのある日。

近くの子どもたち家族が集合した。
ただ、次女の家の孫K.は、一番年下で欠席だ。
この娘は部活出席でのメンバーのバランスというのか、
家族のイベントより部活の人間関係が重視となった。
大人になったものと密かに思いつつだ。

最も、集まれた孫たちも諸々の事をクリアして、
親たちや私を失望させないように付き合ってくれているのは、
もちろん承知している。

今回止む無く欠席の一番下の孫娘K.の
面白映像を、この子のママに貰った。
”アルチンボルド展”で楽しんできたものという。

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実は私も面白そうなアルチンボルド展だと狙ってはいたのである。
この画像はモデルとしての人物が正面になると、額の中が動く。
人に模した野菜や花たち、自然の物がモデルに倣い動いて、
横向きや正面画に動いてくれるのだという。

発想がなんともユニークで思いがけない話である。
二人は楽しんだことが分かる表情で思わず微笑みを誘う。



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三軒の距離的なことと、
三台の駐車も可能の間取りなので、いつも会場は
長女の好意に甘えている。


毎回は悪いし、その内容の変化もあるかもと持ち寄りとした。
肉、魚、野菜、主食、デザート、など大まかな
分担で持ち寄りパーティではあったが食事より他に楽しみたい
という面々の希望なのだ。

体調管理、節制した食生活に徹している娘たち、大食漢も居ない。
私はみんなと違うのは、食べながらおしゃべりすること。

ここに記録の写真は撮らなかったが、
食べ頃のメロンや、菓子類もソフトドリンクも賑わいのうち。
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みんな大きくなったね。
今日は楽しい時間が過ごせたよ…。
集まってくれたメンバーたち、有難うございました。




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by nagotu3819 | 2017-08-11 00:33 | 私の原風景 | Trackback | Comments(4)

六月の父母の日

家族のイベントとして
今年は少し趣向を変えて祝ってくれました。

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いつも「母の日」と「父の日」はそれぞれに
感謝しているし、気持ちの表れを盛花を用意したり
記念の品を贈ったりしていますが、
今年はちょっと趣向を変えてみましょうか…と。

言い出しっぺは長女家族です。
長子の特性でしょうか。
いつも家族のこと、一人一人のことを考えて、
自分はさておき色々家族思いであると思っています。
楽しませてくれること、有り難いと思います。

ただ今は次女家族は忙しさ真っ最中、
目前のことで手一杯、それどころではないだろうけれど
頑張って集まってくれようとしています。



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今回は残念ながら全員集合ではありません。
二人欠席でした。
でも此処には足を運べなかったけれど、
それぞれの気持ちが通じます。

痛いほどそれがわかります。
何とかしたいと思いつつやむを得ないのでしょう。

ありがとう! ありがとう!


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記念の贈り物は夫婦の飯碗と茶碗のお揃いセット
と夏の軽く羽織れるもの、向日葵を中心にした花束と
名古屋の海老煎餅や夏のマドレーヌなど。
きっと二人の女きょうだいが音頭をとって
三人きょうだいの心を盛り合わせて
くれたのだと察しています。

そして色紙のプレゼントです。


たっぷり野菜に気を入れて
お寿司をふるまってくれました。
お父さんの好きなそして過去に褒められた煮物もあります。
根菜や青物の料理、いわゆる家庭料理で埋められていますが、
いつも作りすぎです。

少食傾向の家族もあって、育ち盛りの子に喜んで
食べてもらうことを期待しています。

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色紙には私たちに向けてメッセージがいっぱいです。
心がぽあ~っと温まります。
頑張っていこうと感じさせ、また元気をくれています。

夫からの、私からのメッセージ交換も
胸が熱くなります。

日ごろ言葉に出さないようなことも
書き連ねることができるのが嬉しいです。
ちょっとこの場で披露しました。

そしてさらに子どもや孫のメッセージも
声に出して読みたくなりました。


嬉しさを表したかったのですが
お年頃の孫の「恥ずかしいから…」という
声が聞こえてきたので読むのをやめましたが、
「自慢」「大好き」「宝物」「笑顔の源」「活躍」「喜び」「元気の秘訣」
「応援」「最高の生き方」「長生き」「人生を楽しむ」などなどの
心がいっぱいの素晴らしい宝物でした。

私の宝物です。
家族の気持ちの結集で
何度も読み直し昔の色紙も並べて読んで
楽しみました。







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by nagotu3819 | 2017-06-25 09:17 | 私の原風景 | Trackback | Comments(10)

太陽と風 筍バーベキューパーティ

恒例の筍とバーベキューのアルバムです。

今回は充電したままに、デジカメを家に忘れてしまい、
スマホでぱちぱちと撮りました。


そのまま載せてみようと思いましたが、
画像編集が面倒です。
やはりPCに移動して
画像を編集することにしました。


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皆が参加できるのはGWのなかで一日だけだと
告げられていました。

大学、高校、中学生になった孫たちは予定がいっぱいで
忙しくなってきたということ、
そして娘たちも勿論多方面からの予定が
押し寄せています。

少し前からこの日以外は揃わないのだけれどと
この日を待ち望んでいました。

当日のお天気が気になって中止になるかと心配しましたが、
どうやらお日様も顔を出す暖かい日でした。
ただ、午後になると頭上の楠がざわざわと枝葉を揺らして
風もまた参加してくれているようでした。

そんな風が強く感じられる中でもバーベキューに満足したら
バトミントンを打ち合って
跳ね返った笑い声と共に賑やかに興じていました。

老境にある私は、孫たちの若さを眺めながら
頼もしく思っていました。


***

昨年のバーベキュー⇓











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by nagotu3819 | 2017-05-09 07:15 | 私の原風景 | Trackback | Comments(8)

桜を観る会【4月15日のこと‐安倍内閣主催】

時系列記事に割り込んで先にアップしてみました!

新聞の記事から拝借の写真です。
新宿御苑に1万人の招待客と6500人の参加者で
安倍さんの「桜を見る会」が開催されました。

そんなに大勢の中に居て、普通程度の背丈しか無い私なので
とてもこの(↓)ような写真はキャッチできませんでした。
新聞記事に載った写真をお借りします。
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夫のもとに3月のある日に招待状が届けられました。
出席することに気が進まないような口ぶりの夫でしたが、
どうぞ、出かけましょう、行きましょうと誘いました。

生来の野次馬の気持ちを持ち合わせている私のために
ようやくその気になってくれた夫でした。

でも、なぜご招待状なのかしら?
この(⇓)関連かしら…と。

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東京に近い娘の家に一泊して
新宿御苑に参りました。

受付で木の香も馨しい枡を手渡されました。
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隊列を組んで芸能人の人たちが目の前を通り過ぎます。
だんだん盛り上がって
斉藤さんはまだかしらと…周囲でつぶやく声が聞こえました。
斉藤さん??と言っても私たちにはピンときませんでした。

彼は若いらしいのに頭が剥げていて特徴のない
どこにでも居そうな様相の男のタレントのことでした。
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こういう感じの方々がお呼ばれていました。
見たような政治家だったり、
鉄仮面と言われるイラストレーター、
盲目のピアニスト、子役の方々、梅宮アンナ、大村崑夫妻などなど。

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4月15日ではソメイヨシノは散ってしまっているだろうと
思っていましたが、結構綺麗に花をつけていました。
最も八重桜は咲き時が遅いのですが、
ソメイヨシノらしい一重咲きの桜も咲いていて
この賑わいとなりました。

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有名なタレントさんが撮影用のために
しばらく並んでくださっていました。

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5重、6重に人垣ができてしまって
私が見えない、見えないとつぶやいて居ましたら、
周囲の見知らぬ方がご自身で撮ったスマホ画像を
見せて下さって、私にさらにその画像を提供して
下さったのでした。


撮影会のような時間が過ぎましたら
整列が崩れて安倍首相や昭惠夫人が、烏合の衆の我々の近くに
寄って来てくれて、ハイ、タッチをして通り過ぎました。
目前に近づいて来てくれたのですが、
望遠レンズにしていたカメラでは、上手く撮ることは
至難の業、あっという間でカメラには収まりませんでした。
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安倍さんは準備もできずでしたが
昭惠夫人にはどうやら撮ることが出来たのですが
何とも言えない画像となりました。

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はるな愛とかデーブスペクター、野沢・(声優)、ももクロの三人、
等の姿を遠くから眺めて居ました。

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姥桜になったソメイヨシノ、葉柄さえも、見れば綺麗なものでした。

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そしてイベントが一応すんだ頃から、
一般の入場者が開場となって
賑やかになって来ました。

その頃は、すでに有名なタレントなどは帰っていました。
時間さえあるなら、御苑で散策しながら
他の花たちの装いなどを愛でることもできましたが、
約1万5千人の人たちの後に続いて
私たちも出場してしまいました。

何と遠くに目を移すと従姉がお世話になった
個人出版を扱う文芸社が高くビルの上方に
文字看板というのか見えました。

またこの会社に縁があるかもと記録のつもりで
写真を撮って置くことにしました。


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記録と言えば首相の今回の招待状を撮っておきましょう。

こんなわけで、安倍さん主催の桜を見る会は無事に
そして賑々しく終わったのでした。





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by nagotu3819 | 2017-04-19 19:02 | 私の原風景 | Trackback | Comments(6)

古いものは捨てなければ…

これは1969年のアサヒグラフ。
大事にとっておいたけれど単に記念だ。

これは、アポロ11号の軌跡が載っている写真誌。

アメリカ合衆国のアポロ計画において、
歴史上初めて人類を月面に到着させた1969.7.20のこと。
宇宙飛行に関する写真が載っている。

もうあれも、これも要らないね、捨ててしまおうと
夫は懸命に片づけを始めている。

まあ、本など私に関係のないものは
私の領分ではないと夫にまかせっきりとしている。

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ところが書斎から夫の呼ぶ声がする。
こちらも何某かの用事をしているので少々面倒だなと
思いつつも、そちらに行ってみた。

これを見てごらんと、それだけ言って私に
「アサヒグラフ」を手渡した。

うん、懐かしいね、こんなことも有ったわね…。
そうそう、私はこの月面着陸を夜も寝ないで
月より送られてくる画像を胸をときめかして観ていた。

人類初の出来事だから見逃したくないと、
実は身重の身でテレビ画面を見ていたのだった。

実際に月面着陸の三日後に私は次女をこの世に
誕生させた記念の日、思い出も一入のことであった。

分かったわ、もうこれも捨てて良いわと
納得しながらも、なぜ私を呼び寄せたのか、私も忙しいの…、
と心で思いながら、面倒な夫へのお付き合いだわと
そこを立とうとした。

グラフじゃなくてもう少し見てごらん…。

なんなの?

少々気短に本から夫へ目を移した。

「ほらほら、お父さんが載っているじゃないか…、
なぜこれを大事に取って置いたか忘れていた…。
表紙を見ただけではそれに気づかず捨てるつもりの算段だったよ。」


あらま!
私もすっかり忘れていたわ…。

それから、片付けも二の次になって
懐かしんでしまった。
ときどき、こんなことばかりがあって、種々捨てることが
私たちには至難の業ということに
なってしまうのだ。





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by nagotu3819 | 2017-01-25 22:42 | 私の原風景 | Trackback | Comments(4)

文化の日は大学祭と一木会

この画像は文化の日。
ある大学の「45th 大学祭」。
そして毎月第一木曜日は
「一木会」の小さな集まりがあった。
その集まりの後で大学祭に足を運んでみた。


はるか昔、この国立大学から合格通知を受けたのに
父の同意を得られぬままに
家から遠くの二期受験校だった単科大学に入学手続きをした。
当時、一期校だったこの大学を蹴ってしまった、
その因縁の大学である。


未だにそんな思いをふと思い出す
大きな岐路となった出来事をいだきながら構内を散策。

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11月の3時過ぎの風景は
もう”つるべ落とし”で、早くも日暮れの気配。

集まった皆さんは帰り支度の様子に移っていた。

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イベントなどをよく行う「けやき会館」へ行くと、
大ホールでは14:30から講演が開かれ、続行していた。

「人を超える高速・高機能ロボット」について
15:30まで講演されていたので15時ころから聴講した。


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そのあと引き続いて、本学出身の落語家「桂 恩狸(オンリー)」が
関西から駆け付け応援出演した
と紹介されていた。

背丈がかなり高く180cm以上あるという彼は
長身の人にありがちな背中を丸めての姿勢での登場だった。

スマホの写真の扱いがまだ慣れていないのでピンボケですみません。

(これはスマホの投稿です。)



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構内をブラついていたらコーラスが聞こえてきた。

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あちらこちらを、大学のコース表やプログラムを見ながら歩いた。


私が入学試験を受けた時はこんな立派な校舎ではなかった。

50数年前に受験した国立大学。
国立大学はどちらかというと貧弱でうらぶれた(?)校舎が多かった。
当時は国立大学を一期受験校と二期校と区別があり、
国立大学を二つ受けるチャンスがあった。

運よく二つの大学から入学許可証を手にした。
一期受験校の、家から通えるこの大学に父は入学するようにと、
四国で全国表彰を受けるために出掛けて旅の途上にあった時に
必死の様子で指図を送ってきてくれていた。

速達はがきを車中で書いて、途中の国鉄の駅の郵便ポストを使い
大垣駅から一期受験の大学に行くことにしなさいと
強く主張のはがきを寄こしたのだった。

一期と二期の入学手続きは、決定の猶予日程が確か1日か、2日。
両方の大学の合格通知があったということは、
実力よりも落として受けたからで、
不合格の憂き目を見なかっただけのことだ。

決して頭の良し悪しを言ってるわけではない。
返ってその二校を同じ土俵で選ぶという運命を、
担ってしまうことになったのだ。
その戸惑いも一口では言えない状態となった。

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大宅壮一の「女子大生亡国論」が世を賑わしていた頃でもあった。

女子が大学に行っても大きな目で見たら無駄な部分が多いし、
花嫁になるときの箔をつける効果で選んでいる女子大生が多かった頃。
社会で貢献すべき人材を国立大学で育成をしているのに
それを役立てもしないで主婦となるだけでは税金の無駄遣いだ、
国家的に大変な無駄なことだと主張する「女子大生亡国論」に
同じ意見の論評だと明治生まれの父は
ひとり意を強くしていた。

父と同意見が世間で取りざたされていたので
私に対しても大学を出て何になるのだという学ぶ目的を問われて
働く男女の差別も比較的少ない教職へと進むことを
父に、はっきりと宣言せざるを得ないような気持ちでもあった。

そこに母の応援で、これからは男だの女だのの区別をなくす方向に
きっとなるし、お父さんの言うことを素直に聴いているだけの
”好い子”でなくてよいからと言ってくれた。

遠くの二期校へ、行きたいなら自分の思う方へ進んで良い、
お母さんが貴女を応援するからと、
跡取り娘(古い言葉ね!)と言われていた私を送り出してくれた。

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祖母も勉強が好きで田舎に埋もれるのはもったいないと
恩師に勧められ、自分も進学したかったが
一人っ子の跡取り娘としては、涙を飲んで
我慢せざるを得なかったという明治生まれの祖母。

そして大正生まれの母はその祖母の悲願でもあった進学を
懸命に勧めて援助してもらったのだという。
田舎の貧しい環境でありながらも周囲とは関係なく
女子医専という当時は進む人も珍しかった学校へ行かせてもらった母。
そのため父との出会いがあって、それが縁となって結婚したのだ。

そういう環境で生きてきた母の経緯もあり
娘の私の生き方に積極的に関係してくれたのだと思う。

生き方、人生につながることは、
その人の経緯を考え合わせるととても興味深いものがある。

人の運命なんてどうなるのか、わからないのが当たり前のもの。
これが結構大変な人生を決める岐路で、時期でもあったことは
あとでわかることだったのだ。


e0228147_07522301.jpg


そのように私を応援した母は
とても頼もしく見えて嬉しかった。
けれど、私を送り出した後の母の想いは
悩みの種ともなったらしい。

父に責められたのかもしれない。
娘の運命を母の一言があったために方向づけたという
ことも後になってちょっと重い決定の応援をしてしまった…、
その責任を考えるとこれで好かったのかと黙考したかも知れない。

知らぬは本人の私…。
暢気に幸せな大学生生活を送っていた。

e0228147_07500806.jpg

今の大学生は何を考えて、何を目指して
学んでいるのだろうか。

その時代なりの流れで、その流れに影響されながらも
自分なりの目標を掲げて学んでいることだろう。


e0228147_07494967.jpg


私は自分の子どもたちには、私の考えを
ましてや、人生に影響してしまうような重い決定である
進路を勧めることが出来なかった。

やはり自分のことは自分で決定することが大事ではないかと。
道しるべらしきものは一つではなくいくつかを示し
子どもは私よりしっかりしていると信じて
自分で人生の道を選んでほしいとしてきた。


e0228147_07492274.jpg


明日もきっと晴れるだろう。

良い天気に違いないと夕焼け空を仰ぎながら
終盤に差し掛かってきている、私の人生を振り返ってみた。

いつの間にか親から方向性を指し示されていた生き方を
余り外れないで生きてきたと感じながら、
ちょっぴり誇らしく感じるのだ。





☆pageTop☆



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by nagotu3819 | 2016-11-06 01:38 | 私の原風景 | Trackback | Comments(4)

秋色に染まるドライブ

ちょっと車を飛ばし
秋色に染まりだしたハナミズキの並木を
見ながら走った。

少し緊張する速さ。
私がいつも運転する土地柄とは
多少違う気がする。

免許取得のころに、こわごわ走った道だった。シニアライフ

e0228147_21385605.jpg

今、車に乗っているけれど
自動車学校に通いだしたのは九月。
四十代最後の年で誕生日を目前にしたころ。
もっと早い時期、若い頃に
車の運転を習いたいと言ったのに
「どこへ行くつもり?」と夫に聞かれた。

近くに親類があるでなし、行くところも
聴かれると、どことも言えなかった。
車に乗れれば種々便利だろうと思うが、
確かに交通便の良い所に住まいして
車の運転をする必要としては、そんなにはない。
ちょっと出かけるなら自転車で十分だった。

ある時からカルチャースクール(社教センター)に
通いだして日本画を習うことにした。
スケッチブックから12号くらいのキャンバスになり
それを抱えて自転車で走らねばならないことになった。
歩道もない一級河川の堤防の道が近道だった。
かなり神経を使う近道を自転車で走った。

自転車のすぐ脇を普通車が通り抜ける。
時に車は私をこわごわ避けるように
速度を緩めて車は走り抜けた。

こんな時に車があったら…、
大きな荷物も平気で載せて走れるのに、
と思った。

「車でどこに行くの?」と問われたとき、
(天国へ行くつもり?)と彼が言っているように
感じて、運転免許の取得を諦めた経緯があった。

もちろん次のきっかけでは、彼の同意があったため。
49歳のとき誕生日を目前に「免許取る気持ちある?」と
問われた。
今更取っても…という気持ちは多少あった。

しかしこのチャンスを逃がしたら
一生ドライヴァーとして車には縁がなくなると思い、
免許の取得に挑んだという訳があった。

自動車免許の取得は、約2か月後の50歳。
ドライヴァーとして乗れるようになってからは、
かれこれ20年を疾うに超えた。



夫婦関係からいうと
一応は自分の意見や持論を主張はするものの
結果は彼を信じているから
彼の意図する気持ちに沿っていくことが多い。

私を知っている人には
信じられないかも知れないが
(ウフフ…ここまで言って許される?)
私は家庭の中では従順な方だと思っている。

年齢差と、
姉兄がいて三番目に生まれた彼と、
姉妹だけの最初に生まれた私の
組み合わせが、自然にそうさせたのかも知れない。

何かを決めるのは
一応私の気持ちや主張を言って、
または一方的な彼の意見をはねつけるような
強い主張を持ったりしたとしでも
最終的には彼の意見に従うことの方が多かった。

出された方針は、結果を見ると
彼の方針に染まって、
その方向に落ち着くことが多く、
そしてそれは間違いがない結果を導いた。


e0228147_21371506.jpg

この日は仲良く病院へ定期的な
診断を受けるために来た。

治療方針はこのまま続けて行くという結果で、
特に健康には気を付けて
毎日を過ごすことが
目下の我が家の方針である。







なぜか、9月をテーマにした歌。
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by nagotu3819 | 2016-10-14 06:41 | 私の原風景 | Trackback | Comments(6)


その時々の想いを趣味や日々の献立などを載せながら楽しくアップします。ブログ内の記事等の転用は管理人にご一報ください。


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